献身へのフリーライド(タダ乗り)をしている
この会社で起きたことは、特別なことではありません。数多くの会社で同じ現象を目の当たりにしてきました。私はこれを、「献身へのフリーライド(タダ乗り)」と呼んでいます。組織は無意識のうちに、
・我慢できる人
・会社に献身的な人
・責任感の強い人
・空気を読める人
に依存します。
そして最も厄介なのは、その依存が「感謝」や「信頼」というポジティブな言葉で覆われていることです。
「本当に助かっている」
「さすがだね」
「君がいるから回っている」
その言葉は事実かもしれない。しかし同時に、負担を固定化するメッセージでもあるのです。
組織はこうして、献身にフリーライドします。しかも無自覚に。そして、依存していることに気づかない。だから静かに進行し続ける。
退職ドミノとは、突然崩れる現象ではありません。長く続いた依存構造が、ある「きっかけ」で可視化される現象です。Aさんは、最初の「きっかけ」に過ぎないのです。
実はリーダーもまた被害者である
ここが、今回の本質です。実は、リーダーもまた被害者であることが少なくありません。
上司の「みんな大変なんだよ」という一言は、冷酷に響きます。しかしその裏には、別の現実があります。自分自身も余裕がない。判断権限が曖昧。人員配置を変える裁量もない。調整する時間もない。助けたい気持ちは本物でも、動かせる“設計”がない。
だから、言葉で支えるしかなくなるのです。ただし、ここに決定的なズレが生まれます。リーダーが“精一杯の励まし”のつもりで使う言葉も、立場が変われば、まったく別の意味に聞こえてしまう。
・「期待しているから」(=君に任せるのが一番楽だから)
・「今が正念場だから」(=乗り切る策はないが、耐えてくれ)
・「君しか頼れる人がいない」(=他の人を育てるコストは払えない)
・「みんな苦しいのは同じ」(=個別事情までは考慮できない)
発している側に悪意はありません。しかし、受け取る側にとって重要なのは意図ではありません。その言葉のあとに、何が変わるのか。業務は減るのか。優先順位は変わるのか。支援は具体化するのか。何も変わらないのであれば、その励ましは「共感」ではなく、「現状維持の宣言」として響きます。
その瞬間、部下の中に生まれるのは失望ではなく、確信です。
「この会社は、何も変える気がない。」「この会社は、社員を守る気がない」と確信するのです。確信は、怒りよりも強い。怒りはぶつけられますが、確信は静かに未来の選択を変えていくからです。

