“負担”こそが「家族を実感する瞬間」だったか
金がかかる? 当然だ。家族を養うのは、家長の務めである。
働けない養父母を養う? それが何か? 家族なら当たり前だ。
物乞いまでしていた実母を支える? 家族の恥を雪ぐのは当然だ。
厄介者の義弟が転がり込んでくる? 家族だから仕方ない。受け入れるしかない。
しかも、八雲は受け入れるだけではない。本気で説教もする。なぜなら家族だからだ。家族だからこそ、真剣に向き合う。
こう考えると、八雲にとって家族から負担をかけられることこそが、「家族を実感する瞬間」だったのではないか。養父母の世話をし、実母に仕送りをし、義弟の面倒を見る。その一つ一つが、八雲にとっては「自分には家族がいる」という実感であり、幸福な時間だったのだろう。そうして「ああ、やっぱりセツと結婚してよかった」と幸せを噛みしめていたに違いない。
八雲は松江を愛していた。だが、セツが「洋妾」呼ばわりされ、家族が侮辱される状況は我慢できなかった。加えて、より高い給料で家族をもっと幸せにできるなら――熊本への転任は、八雲にとって当然の選択だった。
家族を全力で守り、誇りを持って養っていた
そして注目すべきは、熊本に移る際、八雲は稲垣家の面々もみんな連れていったことだ。養父母も祖父も、まとめて熊本へ。これこそが、八雲の大家族的な感覚をよく表している。
町の人々は「稲垣家はうまいことやった」と囁いた。だが八雲本人は、ようやく手に入れた家族を、全力で守り、誇りを持って養っていたのである。


