「完全に困窮していた」稲垣家

明治維新で武士の身分は失われた。禄を失った元士族たちは、慣れない商売を始めたり、日雇いの仕事に出たり、なんとか食いつないでいる。プライドだけは高いが、懐は寒い。そんな元士族が松江には大勢いた。

その中で、稲垣家だけは娘が月給100円の高給取りの外国人の家に入った。そうなると、嫉妬、蔑み、そして密かな羨望が渦巻くようになっていたはずだ。

本当にそんなに楽で裕福な暮らしだったのだろうか。

八雲がセツと結婚するにあたっての家族関係を整理してみよう。セツの養家である稲垣家には、養父母と祖父がいる。一方、セツの実家である小泉家には実母がいる。両家の経済状況を知る手がかりは、八雲の長男・小泉一雄が著した『父小泉八雲』(小山書店、1950年)である。

まず、稲垣家の状況。一雄はセツが前夫との離婚騒動になった際の稲垣家について、こう記している。

無財産の上に尚借金のある家、しかも男は働く術を知らず、働き手とては仕立物する姑と機織る己が妻セツのみ……

つまり、稲垣家には借金があり、男手は働けない。収入源は姑の仕立物とセツの機織りだけ。完全に困窮していたのだ。

「借金はないが、常にカツカツ」な小泉家

一方、小泉家はどうか。一雄は祖父の小泉湊についてこう書いている。

ほかの親戚に比べればまだよい方で、明治25年(1892年)リューマチスが高じて死ぬる迄、自費で医者にもかかり、妻子達をも何不自由なく食べさせ借金等は一文もなかったという。

一見すると、小泉家は「まだマシ」に見える。借金もなく、医者にもかかれる程度の余裕はあった。

だが、実態はそう単純ではない。ドラマ「ばけばけ」では、トキの実母であるタエ(北川景子)が物乞いになる姿が描かれ話題になった。

これは脚色ではなく、史実である。小泉家は士族の商法で始めた事業で困窮し、実母のチエが物乞いまがいのことをしていた時期があったのだ。その後は持ち直したとはいえ、八雲がセツと結婚する際、実母チエは経済援助を要求している。実態は「借金はないが、常にカツカツ」という状態だったのだろう。つまり、八雲はセツと結婚したことで、これだけを養わなければならなくなった。

○八雲・セツの世帯
・最愛のセツと女中を雇って生活

○稲垣家
・養父母と祖父
・母親以外は壊滅的に生活能力のないニートを抱えた家

○小泉家
・食えないとなれば物乞いも辞さないパワフルさ
・しかも伝説のニート・藤三郎も