推定年収6000万円の事業部長の「愛されテク」
私が、キーエンスで先輩から学んだことはこれだけではありません。セールストークだけでなく、お客様に対する振舞い方についてもたくさん学ばせていただきました。そのひとつが「スーツへのこだわり」です。
当時のキーエンスでは年収数千万円クラスの幹部であっても、現場では新人のように振る舞う文化がありました。
私が目撃した推定年収6000万円の事業部長は、お客様の前で自身の役職をひけらかすことは決してありませんでした。それどころか、あえて「異動してきたばかりで」などと新人を装い、少しヨレっとしたスーツで相手の懐に入り込んでいくことさえあったのです。
なぜ、そこまでするのでしょうか。それは「偉い人」として接した瞬間、お客様が身構えてしまい、本音を話してくれなくなることを知っているからです。現場のエンジニアや担当者が抱えている真の課題や不満は、立場の高い人間には見えにくいものです。だからこそ、あえて敷居を下げ、相手が安心して話せる「無害な新人」や「相談しやすい営業マン」を演じるのです。
プライドを捨てて実利を取る。この徹底した姿勢こそが、高収益企業の強さを支えているのでしょう。自分の地位や権威を誇示することで得られる自己満足よりも、お客様の本音を引き出し、受注につなげることのほうが遥かに価値があります。
本物のトッププレイヤーほど、この優先順位を明確に理解しており、TPOに合わせて自分を演出する「愛されテク」を使いこなしているのです。
キーエンス流「動かない担当の落とし方」
ただ、「基本スキル」と「愛されテク」を身につつけたとしても、すべての営業が上手くいくわけではありません。
商品とお客様が求めているものが完璧にマッチしているはずなのに、どうしても動いてくれない担当者に出会うことがあります。「今は忙しい」「現状で間に合っている」と、のらりくらりと交わされてしまう。こうした「動かない担当者」をどう攻略するか。ここにもキーエンス流の型があります。
それは、「担当者以外を攻める」というアプローチです。商品の導入を検討する担当者と、実際に現場で使う人、そして決裁権を持つ人は、それぞれ別であることが多いのです。導入を検討する担当者が動かないなら、実際に困っている現場の人に会いに行きます。
「いまの機械だとメンテナンスに手間がかかることはありますでしょうか?」「この不具合が無くなったら現場としてはどのくらい楽になりますか?」と現場のリアルな声を集め、「現場の方はこうおっしゃっています」「このままでは生産に支障が出ます」と、事実を武器にして担当者に迫るのです。あるいは、決裁者に直接アプローチしてトップダウンで指示してもらうこともあります。
正面突破が難しければ、視点を変えてみる。組織の力学を理解し、誰が鍵を握っているのかを見極める。キーエンスでは他社が動かない担当者を口説いている横で、周囲の関係性に対し徹底的にアプローチをかけていたのです。
そうやって複数のルートからアプローチすることで、難攻不落に見えた扉もこじ開けることができるのです。

