疑惑はさらに深まる。ロシア人ジャーナリストのセルゲイ・カネフ氏によると、パノフ氏はかつてモスクワの機密研究所において、長距離通信の研究にも携わっていた。この研究所は、ロシア軍の情報機関GRU(軍参謀本部情報総局)や航空宇宙・レーダー計画と密接に関連している。妻のアナスタシアも同じ研究所に勤めていたことがわかっており、夫妻とロシア情報機関との接点は、もはや偶然とは言い難い。

キプロス政府は近年、ロシアと距離を置く方針を示している。パノフ外交官がこれに従ったとすれば、プーチン大統領の怒りに触れた可能性が見えてくる。

「ロシアの情報機関の世界では珍しくないシナリオ」

もっとも、自殺説が公式に否定されたわけではない。仮に自殺だったとして、なぜパノフ氏は死を選んだのか。

背景には深刻な金銭問題があったとみられる。キプロス・メールによると、ロシアの情報・治安機関からのリーク情報で知られる匿名テレグラムチャンネル「VChK-OGPU」が、パノフ夫妻の金銭トラブルを暴いた。

夫妻はクリミアの不動産案件に多額の頭金を投じたが、この案件はのちに詐欺の疑いで捜査対象となり、資金を失ったという。パノフ氏自身もネット上で、「彼らは我々から盗んだ」と書き込み、事件を公にするよう求めていた。さらに、多額の賭博による借金を抱えていたとも複数のメディアが報じている。

それでも、大使館の対応には不審な点が多い。こうした事情を踏まえれば、パノフ氏の死には何らかの力が働いたと考えるのが自然だ。

調査員のフメリニツキー氏はカティメリニの取材に対し、大使館がキプロス当局への通報を4日間も遅らせ、現場への立ち入りを拒み、パノフ氏が残したとみられるメモの提出も拒んだ、と数々の不自然な点を挙げる。フメリニツキー氏は「これが純粋に個人的な事情による自殺なら、なぜ4日間も死を隠す必要があるのか」と、矛盾を指摘する。

同氏はこうした秘密主義から、ある仮説にたどり着く。追い詰められたパノフ氏は、危険な賭けに出ようとしていたのではないか。「亡命を企てていたところを阻止された可能性がある。ロシアの情報機関の世界では珍しくないシナリオだ」。こうした指摘に対し、ロシア大使館は沈黙を守っている。

2025年11月、ビシュケクでエモマリ・ラフモン大統領が会談するウラジーミル・プーチン大統領
2025年11月、ビシュケクで会談するウラジーミル・プーチン大統領(写真=Official website of the President of Russia/kremlin.ru/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

ロシア人富豪の失踪事件

パノフ氏の死と時をほぼ同じくして、キプロスでは別のロシア人が行方不明になっていた。

ロシアのカリ肥料大手ウラルカリの元CEOで、パノフ氏と同じくキプロスに住んでいたウラジスラフ・バウムガートナー氏だ。メデューザによると、バウムガートナー氏は1月7日にロッククライミングに出かけた後、連絡が途絶えたという。