中国との分業は合理的かつ理想的

そもそも、なぜ日本とドイツは中国との関係を深めていったのか。

両国はいずれも製造業立国である。高付加価値の中間財、精密機械、化学素材、自動車といった分野に強みがあり、高い国際競争力を持っている。

1990年代後半から2000年代にかけては、両国とも中国の工業化と市場拡大の最大の受益者となった。2001年から2010年にかけて、日本企業の対中直接投資は約3倍、ドイツ企業は約4倍に増加した。

日独にとって、中国はあくまで「製造の場」であり「市場」であった。国内の高い製造技術を中国へ持ち込んで、設計・設備を提供した。

それに対応して、中国は、安価で整備が進んだ工場用地を提供し、安価な労働力と、水や電気などを供給し続けた。また、主に製造の完成工程を受け持ち、そこで作られた商品の市場として受け入れを担った。

ベルトコンベヤーで運ばれる「メイドインチャイナ」と書かれた段ボール
写真=iStock.com/Bet_Noire
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この分業関係は日独と中国の双方を幸せにする、当時として合理的なものであり、WIN-WINの関係を維持するモデルだった。

中国のポテンシャルに期待していたが…

このモデルを構築する直接のきっかけとなったのが、2001年の中国のWTO加盟である。それまで「自由貿易の枠」の外にあった中国は、関税、投資、知財などで一定の国際ルールに組み込まれた。

そのため、多国籍企業が安心して生産拠点を移せる条件が整い、日独両国の輸出と企業収益を大きく押し上げることになった。

自称「14億人の人口」を抱える中国には今後も大きな成長が期待でき、政治体制もいつかは民主的になり、最も潜在需要の高い国だと多くの企業がみなしていた。

中国は単なる組立国にとどまらず、技術開発・設計・ブランド構築に本格的に乗り出した。国家補助金と巨大な国内市場を背景に、製造能力を急速に高度化させていった。

この段階において、日独の対中戦略に大きな違いはなかった。しかし、先述した2010年の中国漁船衝突事件が分岐点となる。

日中関係は悪化し、日本政治は「反中派」の発言力が増して、「親中派」と激しく衝突するようになった。その結果、日本は全面的なデカップリングを否定しつつも、「サプライチェーンの分散」「戦略分野の選別」「製造業の国内回帰と友好国連携」を段階的に進め始めた。

その変化は派手なものではなかったが、着実だった。

2023〜2025年の超円安と半導体投資拡大を受け、日本は台湾・米国・欧州との“戦略的サプライチェーン連携”を強化し、2026年初時点では中国依存を“リスク管理可能な水準”にまで低下させている。