TDK社長 
上釜健宏氏

手帳を使い始めたのは、1988年に30歳で香港に赴任して、しばらく経ってからです。それまではすべて暗記に頼っていました。まだ若かったので記憶力には自信があったのです。

香港ではプロジェクトエンジニアを任されました。技術者といっても技術にだけ通じていればいいというのではなく、プログラムの開発、設計、試作から生産計画、さらに出荷後の品質管理、売値の計算、顧客との折衝までをひとりですべてこなさなければならないのです。そんな状況でもなぜか、手帳なしで不自由を感じるようなことはありませんでした。

きっかけは、あるとき会社から、突然過去の記録を日付レベルで提出するよう求められたことです。

これには困りました。数カ月程度ならいざ知らず、数年前となると、いくら記憶力には自信があるといってもさすがにお手上げです。古い資料をひっくり返したり、お客さんに電話で確認したり、報告書をつくるのにたいへんな苦労をせざるをえませんでした。

これに懲りた私は、手帳の重要性にようやく気づき、香港のデパートで31歳を前にして、生まれて初めて手帳を買い求めたのです。

そういう経緯から手帳を持つようになったこともあって、私は手帳をあくまで業務記録用とみなしています。

具体的にいうと、訪問を受けた人の名前と話の内容、会食の場合は店名、営業先の担当者から受けた説明、工場を視察した際に明らかになった問題点など、仕事に関する事実のみを、日付とともに時系列で手帳に書くようにしています。それ以外の、たとえば現場で思いついたことやアイデアの記述などはしません。