西田が“セツ一家の問題解決”に動いた

こうして明らかになったであろう問題を、日本語が十分でない八雲に代わって、きちんと片付けたのが西田である。日記では6月に入って、このような記述が続く。

6月14日 節子氏ノ実母、小泉氏ノ依頼ニヨリ、ヘルン氏方ニ至リ談ズル所アリ。(註、経済的援助ノ件)

6月21日 小泉氏、玉城氏ト同伴、陳謝ノ為メ来訪。

6月22日 ヘルン氏、北堀町ニ転寓セラレ、正午車ヲ以テ予ヲ学校ヨリ迎ヘラレ、西洋料理の饗ヲ受ク。

つまり、6月までの間に夫婦として暮らすことを決意した八雲は、西田を通して、セツの一家が抱える経済的な問題を解決するように頼んだのであろう。

西田にとって、この依頼は決して軽いものではなかっただろう。しかし、彼は迷わず引き受けた。

なぜか。答えは明白である。4月から頻繁に八雲宅を訪れる中で、西田は二人が本当に幸せな夫婦として暮らしていることを目の当たりにしていたからだ。病から回復した八雲の明るい表情、献身的に尽くすセツの姿、そして二人の間に流れる確かな信頼関係。

ならば、自分がやるしかない。親友の幸せのために、自分が動くしかない。西田はそう決意したのだ。

セツと八雲は“互いに正直”であろうとしたか

6月14日、西田はセツの母と向き合った。経済的援助の件について、おそらく西田は丁寧に、しかし毅然と話したはずだ。八雲がセツを心から愛していること、そしてセツの家族を支える覚悟があること。その一方で、きちんとした形で話をまとめる必要があることを……。

それらがすべて解決してからの引越である。6月22日の西洋料理に添えられたビールは、さぞやうまかったことだろう。

もちろん、それからの家族としての生活も苦労とは無縁ではなかった。とりわけ、ドラマではめちゃくちゃ反省している三之丞だが、史実のセツの弟・藤三郎は生涯を趣味人として自由奔放に暮らして八雲を激怒させている。

それでも、夫婦の深い絆がすべてを解決させてくれた。

2月からの、えらい勢いで始まった夫婦生活。恐らく二人は、何も隠し事をしなかったのだ。セツは自分の家族の問題を、片言の日本語で必死に八雲に伝えた。八雲もまた、自分の不安や苦しみをセツに打ち明けた。言葉の壁があっても、二人は互いに正直であろうとしたのだろう。

だからこそ、この結婚は長く続いたのである。

隠し事をせず、互いを信じ、支え合う。それが、八雲とセツが松江の厳しい冬に学んだことだった。そして、その教訓は、40年以上に及ぶ二人の結婚生活を支え続けたのである。

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