どうしてSFだったのか

手前左から KDP版(Kindle)、KWI版(Kobo)、ハヤカワ文庫(紙とインク)。奥左から iBooks版(iPad)、.book版(SONY Reader)。

個人で電子書籍を出すにはこれ以上ない知識と経験。ここに外的要因が加わった。Amazonの自費出版支援代行サービス、KDP(Kindle Direct Publishing)だ。

【藤井氏】フィクションを書こうと思い立った要因のひとつは、アメリカのKDPで「Kindle Singles」という短編のサービスがスタートしたことですね。物語の長さが短くてもかまわないというか、自由になることがわかったのは大きかった。それこそ10ページの本でも、2000ページの本でも好きに出せる自由さがあるわけですから。決済については、当時PayPalの個人決済のルールが揺れ動いていたおかげで、個人間決済について詳しくなり(笑)、「あ、これなら普通に売れるな。別に個人で売ったってかまわないんだ」と思いました。自転車に乗れるのと同じような「あ、できる」という感覚です。

環境は整った。あと必要なものは小説を書くための強い動機付けだ。何をテーマとするのか。どうしてSFというジャンルでなければならないのか。藤井氏の場合、きっかけは東日本大震災だった。

【藤井氏】大震災後の原子力発電所の事故に関する報道に憤りを感じました。チェルノブイリやスリーマイルのような大きな事故を通して一般的な常識になっていると思っていた科学的な説明がすべてなくなってしまうというか、端折られてしまい、正体の見えない数字だけがどんどん一人歩きして、怖がらせる方向にしか報道が動かなかったように思います。

 その後、KEK(高エネルギー加速器研究機構)の先生が主宰する科学セミナーに参加し、プロの科学者が放射線について真摯に説明している現場を見て、科学と人の関係をひとつひとつ見せていく必要があると感じました。だったら、私はフィクションで何かやってみよう。科学と人間の付き合い方や自分が信じる科学と未来の姿をテーマに据えて小説を書いてみようと思い立ちました。