07年、私たちは新たに「企業ブランディング事業」を開始した。人の次はブランドだ。中小企業が大企業よりいい人材を採って、大企業以上のブランドをつくることができたら、こんなにおもしろいことはない。そう考えて、銀行からの借入金をどんどんブランド事業に投資していった。

投資をすることで、私たちの売り上げは伸びた。それだけ投資すれば70億か80億くらいの売り上げが出てもおかしくないと思っていたし、自分では100億ぐらいまで伸ばすつもりでいた。

だが伸びはしたが、その伸びは思ったほどではなかった。私は中小企業のうち99%はまだがら空きのマーケットだと思っていたが、私たちがもっていた商品でとれる市場はもうとってしまっていたのだ。それにもかかわらず、そこを読み間違えて、頭打ちになっているところにさらに投資をしていた。

それが、リーマン・ショックが起きる前年だ。しかも、ブランディング事業が大して伸びない間に、採用事業のほうの売り上げはみるみる下がっていっていた。けっきょく、いちばん売り上げがあった07年5月期で46億1400万円にしかならなかった。

投資をしても、もうそれ以上伸びないことがわかると、銀行からは貸した金を返済してほしいといってきた。しかも一括で返してくれという。

気がつくと1行だけでなく、10行ぐらいから借りていた。それまでは金利だけ払っていれば一生返さなくていいぐらいに思っていたのが、いつの間にか取引しない銀行も含めたシンジケートローンになっていた。

だが、そのときには借りた数十億のうち、7割方を使ってしまったあとだった。それも土地や建物を買ったわけではなく、人とブランドに投資をしたのだから、返せといわれても会社には資産になるようなものは残っていなかった。

(大内祐子(プレジデント編集部)=構成 佐粧俊之=撮影)