セロトニンの神経回路を活性化するもう1つのコツは、目的意識を持たないことです。目標を立ててそれに向かって突き進むと、「ああまだ達成できていない……」という苦しみが、達成したときに緩和されて快感物質が発射される。これを避けるには、ゴールに向かって走るという意識を捨てて、いま目の前で行っていることに意識を振り向けることが大切です。慣れていない人は、短い単位で同じことを反復する行為に集中することから始めましょう。

たとえば手を動かして掃除をしてみる。皿を洗う。前述のように農作業に没頭するのもいい。歩くのでも、部屋の端から端へ行ったり来たりするなんて無目的の極みです。最初は「何やっているんだろう」と思うかもしれませんが、それを無視してひたすら歩く。すると体の感覚に意識が集中し、リラックスしているのに冴えているような感覚になってきます。

心安らかな状態が継続的に維持できれば、「何々があるから幸福」ということではなく、何をやっていても幸福でいられると思います。しかし、穏やかな気持ちを保つのはそう簡単なことではありません。たとえば今回の震災のように、ふいに訪れる不幸な出来事や悲しみに感情が揺さぶられることもあります。

些細なことですが、私は自転車を盗まれることがよくあって、昔はそのたびにイライラしていました。「あそこに置かなければよかった」「また新しい自転車を買わなきゃいけない」と後悔や落胆の念をしばらく引きずってストレスを抱えていたのです。

それがあるときから、気にならなくなりました。これは平素から「現実」と「頭の中で起きる反応」を仕分けるトレーニングをしてきた成果で、自転車が盗まれたという現実と、自分の心の中に湧き起こる悲しいという感情が交じり合わなくなったのです。

何か不幸な出来事、悲しい出来事が起きたときに、それが1本目の矢として心に突き刺さります。しかし多くの人は降りかかった現実を元にそれを脳内で編集し、後悔や不安を交えながら不幸や悲しみを増幅させてしまう。いわば自分で自分の心に第2の矢を突き立てて、いつまでも気に病むのです。