八雲は反射的に身を引いたのではないか

八雲の性格がよく表れているエピソードだ。彼は自分自身を「深い傷を抱えた詩人」として捉え、世俗の恋愛には馴染めないという自意識を持っていた。いわば、ロマン主義的な被害者意識である。

八雲は繊細すぎるがゆえに、自分自身を常に俯瞰してしまう。恋愛の瞬間に、傷つきたくない、自尊心を守りたい、噂が怖い、自分には荷が重い、そうした感情が一気に湧き上がってくる。その結果、惹かれはするが、逃げる。好意を抱きながらも、距離を置く。まさに「めんどくさい系ロマンチスト」である。

そして淑子である。気性が激しく、自我が強く、行動力は並外れている。権威に怯まず、県議会に乱入しかけ、領事館と渡り合い、最後には駆け落ちまでする。これは八雲が理想として描く「意志の強い女性」というより、あまりに強すぎる現実だった。

こうした女性が少しでも距離を詰めてくると、八雲は反射的に身を引く。「これは自分には無理だ」と。彼は完全に自覚的だったのである。

なので、本音のところウグイスの贈り物には感動しつつも「え? なんで生き物? ちょっと重くない?」と恐れおののいたのではなかろうか。

まさに「ジゴク、ジゴク」の心境だ。八雲のノイローゼが長引いたのは、これも一つの原因だったのかも知れない。(参考記事:だからセツは「気難しい外国人」を夫に選んだ…小泉八雲が「目病を放置した女中」に向けた“不器用すぎる優しさ”

ラフカディオ・ハーンと妻のセツ
ラフカディオ・ハーンと妻のセツ(写真=富重利平/Japan Today/PD US/Wikimedia Commons
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