織田作之助の結婚通知から、病床の筑紫哲也の手紙、村上春樹の苦情まで、古今東西の作家・文化人がしたためた名文珍文を一挙公開。思わず噴飯、時にため息がもれる名人芸をご賞味ください。
ウィンストン・チャーチルは首相になった1940年、政府各部局の長に自筆の長いメモを送った。
1.報告書は、要点をそれぞれ短い、歯切れのいいパラグラフにまとめて書け。
2.複雑な要因の分析にもとづく報告や、統計にもとづく報告では、要因の分析や統計は付録とせよ。
3.正式の報告書でなく見出しだけを並べたメモを用意し、必要に応じて口頭でおぎなったほうがいい場合が多い。
4.『次の諸点をこころに留めておくことも重要である』、『…を実行する可能性も考慮すべきである』、この種のもってまわった言い廻しは埋め草に過ぎない、省くか、一言で言い切れ。
(『理科系の作文技術』木下是雄)
その年の5月にベルギーは降伏し、6月にはパリが陥落した。イギリスはナチスドイツの脅威にさらされ、分秒を争う反攻体制の確立に迫られていたのである。それなのに、大英帝国の官僚は長々とした報告書を書いていたため、ついに、チャーチルはキレて、「ふざけるな」と手紙を送った。なお、チャーチルはノーベル文学賞を受賞した作家でもある。短いメモのなかにも文章家の屈託が感じられる。
もうひとつ、最近の本のなかにも簡潔にポイントを書く大切さを指摘したものがある。著者は三井住友銀行の元頭取、西川善文。彼の自叙伝『ザ・ラストバンカー』の一節にこうある。
私は瀬島さんと直接話す機会はなかったが、先方から返ってくる回答がいつも非常にシンプルだった印象が強い。これは瀬島さんの影響だったと思う。複雑なものごとを複雑なままつかまえて見ていくのではなく、非常に簡潔にポイントを絞ってご覧になっていた。大体3本柱のようにまとめてあって、5つも6つも書かない。
瀬島とは、元大本営参謀にして、伊藤忠元会長の瀬島龍三である。同書には西川の論評どおりの明快な文面が続く。