名著には、変化する時代を生き抜くヒントが数多く隠されている。ソフトバンクグループ創業者・孫正義氏が15歳から実践している、読んだ感動をムダにしない一流の読書術を紹介しよう。

石を投げられて頭から血を流した

読書は、先人たちの知恵や人生経験を追体験することによって、生き方のヒントや行動の指針を得るきっかけになります。ソフトバンクグループ創業者の孫正義氏の読書術は、まさにそれを実践しているといえます。

ソフトバンクグループ創業者・孫正義氏
ソフトバンクグループ創業者・孫正義氏

孫氏は大変な読書家ですが、たんに知識や情報を得ることが目的ではありません。最も重視しているのは、「クリティカル・リーディング」です。本の内容を自分なりに分析・検討しながら読む読書法のことですが、孫氏の場合、本を読んだ後に「自分はどう行動するか」を常に問いかけているのです。

情報や知識は新聞や雑誌、インターネットからも得られますが、読書から吸収するべきは自らの生き方を確立するための「言葉」を見つけることだと考えているのです。

孫氏の愛読書は司馬遼太郎の長編時代小説『竜馬がゆく』であることはよく知られていますが、この本がなぜ孫氏にとって最も重要な一冊になったのか。私は、孫氏の生い立ちを抜きに語ることはできないと思っています。

孫氏は1957年、佐賀県鳥栖市の在日韓国人の居住地で4人兄弟の次男として出生します。当時は、いまよりもずっと排外的で差別がひどかった。在日韓国人の集落は住所すら与えられず、「無番地」とされていました。学校では日本人の子どもたちに「朝鮮人!」と罵られ、石を投げられて頭から血を流したこともあったそうです。

しかし、孫家は「家族の結束力」で困難を乗り越えてきました。父親の三憲みつのり氏は焼酎の行商や金融業などで生計を立てていましたが、やがて九州一のパチンコ店経営者になるほどの成功を収めます。そんな三憲氏が息子に言い聞かせたのは、在日韓国人が日本人社会で生きていくには「正しいことをやらんと(この国では)認めてもらえん」でした。

ですから、孫氏は父と約束します。「人に喜んで、褒めてもらえるような仕事をする」と。ソフトバンクグループの経営理念は、「情報革命で人々を幸せに」です。このことを念頭に、孫氏が読書から何を得ようとしてきたか、について説明したいと思います。

孫氏が『竜馬がゆく』と出合ったのは、15歳の時です。家庭教師に勧められたことがきっかけでした。それまでは、寝る前に本を開いてもすぐに眠りに落ちるほど読書とは疎遠だった少年が、この本を手に取ったとたん、その物語の世界に引き込まれ、夜を徹して読みふけるほど熱中したのです。

この読書体験は、少年だった孫氏の価値観を根底から揺るがします。在日韓国人3世という生い立ちから、孫氏は周囲の差別や偏見に苦しんできました。生きる意味を見失い、本気で自殺しようと思うほど悩みました。しかし、『竜馬がゆく』に出合ったことで、これまで抱えてきた差別や国籍、民族に関わる問題がいかにも小さなことのように思えたのです。

自由な発想と、大胆な行動力で日本の近代化に貢献した坂本龍馬の生き様に触れ、自らのアイデンティティーや存在価値に深く向き合った。その結果、「一度きりの人生を悩みながら過ごすことこそ愚かである。彼のように痛快に生きたい」と悟ります。