朝ドラでは東京に向かったが、史実では大阪だった
NHK連続テレビ小説「ばけばけ」第21回(10月21日放送)では、婿養子の銀二郎(寛一郎)を追って主人公のトキ(髙石あかり)が東京へ向かい、下宿先で松江の秀才・錦織友一(吉沢亮)と出会うという展開が描かれた。ドラマでは東京が舞台となっているが、史実では舞台は大阪。トキのモデルとなった小泉セツが夫・前田為二を追いかけたのは、大阪だった。
ドラマはこのエピソードを脚色しているが、そもそもなぜセツの最初の結婚はこのような破綻を迎えたのか。そこには、維新後の没落士族が抱えた「時代錯誤な気位」という、現代からは理解しがたい問題が横たわっていた。
「ばけばけ」では、長い時間を割いているものの、後代の文献で前田為二についての言及は、極めて簡素である。例えば長男の小泉一雄が著した『父小泉八雲』(小山書店1950年)では、こう記している。
母は明治19年11月30日、因幡国邑美郡本町士族前田小一郎次男為二、安政5年9月22日生を婿養子として迎えている。そして、23年1月12日離婚となっている。是等の事情を秘してハーンと結婚したのではなく、斯る過去ある事を西田氏より詳しく聴いての上で、何も彼も承知の上、父は母を救う気持ちで結婚したのである。
「セツの最初の結婚」に関する記述は少ない
ほかの文献もだいたい扱いは同等である。小泉八雲とセツとの結婚を記す中で、セツの前歴として夫がいたが、失踪したので離婚したと述べるのみである。
長谷川洋二『小泉八雲の妻』(松江今井書店1988年)では、最初の結婚の前段にセツが友達と連れだって、松江市佐草にある八重垣神社に参拝した時のエピソードを記している。
この神社は、日本神話の素盞嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した後、「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」と詠んで稲田姫(クシナダヒメ)との住居を構えたという須賀に創建され、後に遷座したという由緒ある神社だ。
その由来から、良縁の御利益があるという神社では、古くから良縁占いというものがある。薄い半紙の中央に、小銭を乗せて池に浮かべ、紙が遠くの方へ流れていけば、遠くの人と縁があり、早く沈めば、早く縁づくとされる。まれに、紙の上をイモリが横切って泳いでいくと、大変な吉縁に恵まれるとも伝わっている。
長谷川は、友人たちの半紙が早々と沈んだのに、セツのだけは池の端近くまで沈まなかったとして八雲とを運命があったことを語り「縁結びの神々の取り計らいは、どうやら一直線のものではなかったようである」と記している。
いわば、セツの最初の結婚は八雲と結ばれるまでの、当て馬の扱いだったのである。

