なぜ、名経営者たちは聴衆を引きつけ、人を動かせるのか。音声、しぐさ、パフォーマンスの権威が映像を徹底分析したところ、本人も気づかないような意外な事実が見えてきた。

(PANA=写真)

「創業家への大政奉還」と取り沙汰されるなか、日本を代表する企業のトップになったトヨタ自動車の豊田章男社長。就任早々に大規模リコール問題の試練に耐え、最近では業績拡大にともない、トヨタを復活させたカリスマ社長の呼び声も高い。

トヨタのサイトでは、11年3月の「トヨタグローバルビジョン」説明会でのプレゼンと質疑応答を見ることができる。

「腹式発声がしっかりできています。話速は1分間に463字なので、もう少しゆっくり話すと明瞭性が高まります。また、幼児性のある甘いしゃべり方は、母性本能をくすぐり、男女にかかわらず『私が何とかしてあげなくちゃ』と思わせます」(日本音響研究所所長・鈴木松美氏)

国際企業のトップには、スピーチやプレゼンでも国際感覚が求められる。その点、豊田社長はアメリカでMBAを取得し、投資銀行に勤務した経歴がある。

「強いアイコンタクトはアメリカ仕込みでしょう。アメリカ議会の公聴会で、謝罪の言葉を述べながら、毅然とした態度で頭を下げなかったのはさすがです。あの場面で深々とお辞儀すればトヨタの敗北を印象づけ、すぐさま賠償金が跳ね上がりました。英語のスピーチも見事で、ちゃんと首句反復も取り入れています。インターナショナルな自己表現には見習うべきものがありますね」(日本大学芸術学部教授・佐藤綾子氏)

スピーチやプレゼンの訓練は重ねているはずだが、映像を見るかぎり欧米流ではない。インパクト重視のスライドづくり、自由に歩きまわる話し方などの欧米流は無理に真似せず、無難にわかりやすくプレゼンする日本の経営者らしいスタイルを踏襲している。

「トヨタには現場主義など確固たるブランドイメージがありますから、トップが変に欧米スタイルを真似るのはよくありません。孫正義さんや柳井正さんのように自分がブランドをつくる立場ではなく、ブランドの守り手としてリスクは冒せない。無難に日本流の起承転結で説明しています。インパクトはないものの、その地道なところがトヨタらしさなのです」(デジタルハリウッド大学教授・匠英一氏)