だから、クマに襲われたときは、たとえそれがどんなに小さな傷であっても病院を受診する必要がある――これも中永らがクマ外傷の症例を重ねる中で得られた知見のひとつといえる。

それにしても、中永たちが担当した患者のほとんどが、「ゆっくりと後ずさり」する時間的な余裕もないまま、突然襲われているという事実には正直驚かされた。そもそも普通、クマというものは人間の存在を関知したら、これを避けるように行動するとされている。もし避けられずに人間と遭遇してしまった場合でも、攻撃に移る前に警戒・威嚇というフェーズがあるものだ。そのフェーズを経ずにいきなり攻撃しているのだとしたら、いったい日本のクマに何が起きているのだろうか。

『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』(新興医学出版社)。“顔のほとんどを失う”事態になった70代男性が、再接合手術などを経て奇跡的ともいえる回復ぶりを見せるなど、多数の症例が掲載されている。中永医師は「目だけは治せません。クマにはたかれて目が飛び出したり、眼球破裂になってしまうと、失明するしかない」と警鐘を鳴らす

近年のクマ被害に生じた“ある変化”

県土の約7割を山林が占める秋田県は、もともとクマによる人身事故が全国的に見ても多い地域である。だが中永は、近年の県内におけるクマ被害の状況には“ある変化”が生じていると指摘する。