かつて質問する仲居さんは、サービスの達人だった

確かに、質問する仲居さんはあまり聞いたことがない。何度も旅館に泊まったが、仲居さんから質問された経験はない。そもそも旅館に泊まって、仲居さんと親身に会話するだろうか。

じっくり考えて、「そういえばひとりいた」と思い出した。それは昭和から平成に変わった頃のことだ。熱海にあった高級旅館「蓬莱」の仲居、千津ちづさんはよくしゃべる人だし、話しかけてくる人だった。わたしが会った時、すでに70歳を超えていた。夏目漱石の「坊っちゃん」に出てくる女中のきよみたいな感じの優しい人だった。そして、ずっと話しかけてきた。

千津さんは「いらっしゃいませ」と言った後、初対面にもかかわらず、「近頃、お仕事のほうはどうですか?」と聞いてきた。初めて会った仲居さんに「お仕事はどうですか?」と質問されたのは初めてだったので、「まあまあです」と答えた。たぶん、千津さんはわたしが何の仕事をしているかは知らずに、いつもと同じように、何の気もなく話しかけただけだった。その後も小さな子どもにやるように浴衣を着せてくれ、部屋食の夕食では、ビールを注いでくれたり、ご飯をよそってくれた。