自民党外交は“属人的な外交”

米ソ冷戦下で始まった自民党政権の外交はきわめて特殊で、近隣諸国との非常に重要な案件に関して、吉田茂や佐藤栄作、田中角栄など、時の指導者が「密約ベース」で外交関係を築いてきた。それは第1の特質に挙げた中央集権主義とは矛盾した“属人的な外交”であり、その内容を文書として残していない(残っているかもしれないが、外務省は残っていないと言う)。

大統領選挙で激論を交わす共和党のロムニー候補と民主党のオバマ大統領。政権が交代しても外交の継続性は担保される。(AFLO=写真)

相手国とどんな合意や約束をしたのかは、原則非公開で、自民党政府は、国民には正しい内容を知らせず、聞き心地のいい外交成果だけを喧伝してきた。

本来、外交関係というのは政権が代わっても継続されるべきものだが、密約ベースの自民党外交は政権交代にはなじまない。政権交代した場合、密約ベースの外交関係が踏襲されなくなってしまうのだ。

本来であれば、外交の継続性を担保するのは外務省である。アメリカでも政権交代で国務省や国防総省のトップレベルの人事は代わっても、外交に関するドキュメンテーションは引き継がれる。社長が代わるたびに一から対外関係をつくり直す会社などないだろう。

しかし、自民党外交の場合、もともと文書がなく、しかも交渉の内容を知っているのは自民党の中でもごく一部の限られた政治家だけだった。

先般、野中広務元官房長官が「日中国交正常化のときに、両国の指導者は尖閣問題を棚上げにするという共通認識を持っていた」と田中さん自身から聞いた、と発言した。

「尖閣に領土問題は存在しない」との立場を取る日本の中から、「尖閣棚上げ論」の生き証人が現れたということで物議を呼んだわけだが、野中氏が言っていることは事実だと思う。

田中角栄と周恩来による国交正常化交渉では、3つの密約があったと言われている。1つは周恩来が持ち出した「尖閣棚上げ論」であり、田中元首相はこれを了承した。

2つ目の「戦後賠償問題」。日本側はすでに賠償済み(蒋介石の国民党政権に対して賠償を申し出たが蒋介石はこれを断った)との立場だったが、中国側の賠償請求に対してODAという形で日本の資金と技術を供与することを約束した。これも文書には残していないが、ODAの3%がキックバックされて田中派の利権となり、竹下登や橋本龍太郎にこのシステムが引き継がれたのは、半ば公然の秘密だ。日本のODAに対して中国側から感謝の「か」の字も出てこないのは、多くの中国人はそれを実質的な戦後賠償と思っているからだ。

3番目の密約は、「A級戦犯問題」である。日本が戦後賠償しない理由を国内に説明するために周恩来が考え出した理屈は「中国人民も日本国民も、ともに日本の軍部独裁の犠牲者である」というものだった。つまりA級戦犯を中国人と日本国民共通の加害者に仕立てたのである。

しかし、その後、靖国神社がA級戦犯を合祀して「英霊」として奉り、(主として反田中派の)自民党などの政治家が靖国参拝をするようになってから、中国側はこれに強く反発するようになった。日本の国民はこうした説明を受けていないから、中国が靖国問題でそこまでエキサイトする理由がわからないのだ。

中国は共産党一党独裁が続いているから、日中国交正常化のときの合意が脈々と受け継がれてきた。だから3つの密約を侵すようなことを日本がしたときには、ギャーッと大騒ぎする。しかし日本国内においては、外交は密約ベースで行われてきたから、政権交代が起きたときに、これが宙に舞ってしまう。自民党外交が封じ込めた“パンドラの箱”が開いて、魑魅魍魎の外交問題が飛び出してくるのだ。