感染者は起業家になる割合が高いと一般的に言われている

では脳内にトキソプラズマが居座っているホモサピエンスには、行動や心理の面でどのような変化が起こるのでしょうか。

詳細は現在研究中ですが、以下のような変化が指摘されています。もちろん必ず現れる変化ではないし、仮に表れてもその変化の程度はさまざまであることは付け加えておきます。トキソプラズマが脳内のどこに存在するかによって影響が出たり出なかったりもします。

①考えがまとまらなくなり、注意が散漫になる
②大胆になり活発にふるまうようになる
③ネコの尿の匂いが好きになる
④顔の左右の対称性が高くなる――顔の左右対称性が高いことは異性に対して魅力的に見えることが知られており、つまり異性から魅力的に見られるようになる。
小林朋道『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』(協力・ナゾロジー、秀和システム)
小林朋道『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』(協力・ナゾロジー、秀和システム)

チェコのカレル大学のヤロスラフ・フレグル氏は、チェコ軍召集兵で交通事故を起こした率を調べました。その結果、トキソプラズマ感染者は非感染者に比べ、事故の確率が2.65倍高いことがわかりました。これは①や②の影響かもしれないと推察されています。

明確なデータがあるわけではありませんが、感染者は起業家になる割合が高いと一般的に言われており、②とのつながりが指摘されています。

アメリカ・モンタナ大学とイエローストーン資源センターの研究チームは、ワイオミング州にあるイエローストーン国立公園のオオカミ(ハイイロオオカミ)200頭以上を対象に、1995年から2020年の間、継続して調査(①)しました。

オオカミは、10頭前後の個体がコロニーをつくって暮らしています。その各コロニーの移動空間や行動が記録され、同時に、血液サンプルを採取して、トキソプラズマへの感染の有無も調べられました。その結果わかったことは次のようなことです。

①トキソプラズマに感染した若い個体は、非感染個体に比べ、より早く群れを離れる傾向がある。たとえば、普通のオスは、生後21カ月ほどで群れを離れるが、感染したオスの個体は、その半数が6カ月で群れを去った。メスの場合、通常48カ月くらいで群れを離れたが、感染個体は約30カ月で離れた。
②トキソプラズマに感染した若いオスのオオカミは、感染していない若いオスのオオカミに比べ、群れのリーダーになる確率が約46倍以上も高かった。

①の現象は、トキソプラズマ感染により、他の哺乳類、たとえばネズミやホモサピエンスでも見られるような「行動が大胆になる」という傾向がオオカミでも表れたことによる結果である可能性が高いと思われます。

また、②についても感染により「行動が大胆になる」という傾向が関係している可能性が考えられます。不安を感じにくく、強気で、大胆に行動する個体はリーダーになりやすいのかもしれません。

いずれの可能性も、今のところまだ単なる可能性に過ぎません……今後の研究が待たれるところです。