不合格家族――面談で初の親子ゲンカ。子供は「落ちても大満足」

「うちの子はきちんと勉強しておりますでしょうか?」

塚原はその電話を初めて受けた日のことを今も忘れられない。その後、それが毎日繰り返されたからだ。東大合格を目指して予備校の寮で暮らしていた直人くん(仮名)の母親からの電話で、彼女はあまりにも過干渉なママだった。

「電話だけじゃありませんでした。1週間に1度は寮の部屋の掃除をしに来られていました。お昼のお弁当を持って校舎に来られることもあったのです」

子供に過剰な世話をすることが親の愛情だと勘違いしている母だった。塚原は決意を固めた。面談を利用して、母親の過干渉に縛られ、いつまでたっても自立できない直人くんに、自分の本音を母親にぶつけさせようと試みたのだった。

「……」

話の矛先を向けても、じっと黙っている息子にじれた母親が口をはさもうとすると、「本人が言葉を発するまで待ってください」と頼み、直人くんが口を開くのを待ちつづけた。

「ボクは……」と、彼が第一声を発したのは10分ほど後のことだ。

「別に東大でなくてもよくて……。実は英文学じゃなくて……。コンピュータに興味があるから、ホントは文学部じゃなくて、工学部に進学したいんだ」

ボソボソとした口調で、それでも懸命に自分の気持ちを胸の奥から引っ張り出そうとする息子の本音に、「そんなことを考えていたの?」と言わんばかりに、母親は一瞬驚きの表情を浮かべた。切々と訴える息子の横顔を見つめた後、彼女は肩をすぼめて背中を丸め、深く恥じ入るようにうつむいた。彼女は、子供の成長に気づいていなかったのだ。