誰にも見えない部品をなぜ磨くのか
真壁氏によれば、この判断は誤っていた。この照合という作業は、銀行員にお金の怖さを体で教えるという機能を持っていたのだが、その機能が忘れられてしまったのである。しかも、1円で妥協してしまうと、後は歯止めがきかなくなってしまったのである。照合という仕事は無駄なように見えたが、1円というお金の怖さを体で教えるという効果を持っていたのである。
銀行の例を2つ挙げたが、このような失敗は銀行だけで起こるわけではない。われわれの身の回りでも、このような失敗は頻繁に起こる。このような失敗が起こるのは、機能分析に失敗するからである。機能分析で考慮しなければならない機能は、図の4種類に分けられる。この4種類の機能のうち、無視されがちなのは、潜在機能、つまり目に見えない機能である。上に挙げた例は、ある仕事をやめてしまった後になって、その仕事が持っていた潜在順機能に気がついたという例である。
日本ではこのような例が多い。日本の慣行や仕事は、人々が意識すらしていない潜在機能を持つものが多いからである。その典型が、5Sである。5Sは仕事場をきれいにするという顕在機能を果たしているだけではない。もっと大切な機能を持っている。私の研究室の中国人の助手、高さんは、日中合弁企業の現場で中国人と日本人の間で生じる問題の解決を手伝いながら研究をしている。最近、彼女を悩ましているのは、この潜在機能をどのように中国人に説明するかという問題である。彼女はその仕事の重要性を理解しているが、その潜在機能を中国人にもわかるように説明するのに苦労している。
それは、大きな製品の中に入る部品を磨くという仕事である。日本から技術指導に来ているエンジニアは、部品をピカピカに磨けというが、中国人にはその意味が理解できない。製品の中に入って誰にも見えない部品をなぜ磨く必要があるのかというのだ。彼女は、この部品を磨くという仕事が重要な機能を持っているということはわかっているが、日本人のエンジニアに聞いてもその機能がうまくわからないのだ。エンジニアは、それは必要なのだと言うだけである。このエンジニアが悪いわけではない。われわれの周辺にはその機能がうまく説明できない仕事が多い。日本人の出向者たちは、それは人に教えてもらうのではなく、自分で気づけと考えているようである。このエンジニアの気持ちもわかるが、海外では、潜在機能をうまく説明することも必要である。それは海外で必要となるだけでなく、われわれ自身が失敗を起こさないためにも必要である。
厳しい環境の中で、多くの企業が無駄な仕事の見直しをしている。たとえば、QCはそれがもたらす利益よりもコストのほうが大きくなっているからやめるべきだという声が出てきている。この種の議論は、目に見える機能だけに注目したものである。QC活動も多くの潜在機能を持っているのである。この潜在機能を無視してしまうと将来に禍根を残すかもしれない。
潜在機能まで考えていたら改革はできないという人がいる。確かにその通りだが、改革をする人が知っておくべきなのは、潜在機能を理解せずに無視するのと、理解したうえであえて無視するのとは大きく違うということである。