世界恐慌以来の危機といわれる厳しい環境下、多くの企業が無駄な仕事の見直しを進めている。日本の慣行や仕事は、人々が意識すらしていない「目に見えない機能」が多いと筆者は説く――。

銀行が起こした2つの失敗とは

つるべ落としの不況の中で中小企業をめぐる金融情勢はずいぶん厳しくなっているようだ。

貸し渋りや貸しはがしが起こっているという悲鳴があちこちから聞こえてくる。融資の審査基準が厳しくなっているからだ。だからといって、審査基準を緩めてしまえば、新銀行東京のようになってしまう。日本の中小企業は、アメリカよりも多くの銀行融資に頼っている。

銀行の中小企業への融資は、アメリカでは必要資金の15%程度なのに対し、日本では40%に達するという。銀行がこれだけ多くの資金を供給してきたから、日本では中小企業がアメリカ以上に重要な役割を演じているのだ。この数字は、日本の銀行が中小企業金融の難しさをうまく克服していたことを示している。それを可能にしていたのは、日本の銀行の無駄とも思える慣行であった。

むかし日本の銀行は、顧客会社に行員を派遣して、小口のお金の出し入れを手伝うというサービスをしていた。ところが、多くの銀行は、このサービスはコストがかかりすぎる無駄な仕事だという理由でやめてしまった。表面的に見ると明らかに効率が悪そうに見える仕事である。この仕事は一見すると無駄な仕事のように見えていたが、この仕事を通じて、銀行は、顧客についての情報収集をしていたのである。

まず、この仕事をすることによって、日々の小口現金の出入りをきっちりと見ることができる。小さなお金の出入りを知れば、会社の事情をよりよく知ることができる。また、毎日のように会社に行くことによって、会社の様子や雰囲気を継続的に感じ取ることができる。人が定着していない、人々の表情が暗くなってきたなどの情報は、会社の経営状態を知るための不可欠の情報なのだ。こうした情報があるから、日本の銀行は中小企業にお金を貸すことができたのである。

中小企業の場合、書類だけでは会社の状態は把握できない。中小企業の財務諸表は3種類あるといわれている。経営者の判断の根拠となる本当の財務諸表、利益が少なく出るように作られた税務署向けの財務諸表、利益がたくさん出るように作られた銀行向けの財務諸表である。

多くの銀行は、この出張サービスを無駄な仕事ということでやめてしまった。ところがこの仕事は無駄ではなかったのだ。それどころか、不可欠の仕事だった。無駄を省こうとする改革が銀行の与信能力を弱めてしまっていたのである。銀行が起こしてしまったもう1つの失敗を城南信用金庫の会長だった真壁実氏は次のように語っておられる。

かつて日本の銀行では、毎日、支店にあるはずの現金が実際にあるかどうかを照合するという仕事をしていた。どうしても合わない場合には、全員で残業してチェックしていた。それでも合わないときは、机の下に潜り込んでお金が落ちていないかどうかまでチェックし、合わない理由がわかるまで残業していた。

ところが、いくつかの銀行は、一定の金額以下であれば、照合のために残業をするということをしなくなった。「たった1円のためにいったいいくらの残業代を払っているのか」という一見、合理的に見える理屈でやめてしまったのである。