「学校に行くのが怖い」と不登校気味に

努力ではどうにもできなくなり、中学までと比べて成績がズドーンと下がりました。

勉強だけがすべてではない、そんな風に思える余裕もありません。

みんな僕のことを勉強ができないやつだと思っているんだ。

そう思い込むと、友人たちと一緒にお弁当を食べることすらできなくなり、ひとりでほかの校舎やトイレで食べていました。周囲の人もどんどん距離を置くようになりました。

この頃から、基本的に楽観的な母も本格的に心配しはじめたようです。

学校に行くのが怖いという状況まで追い込まれていても、勉強時間を増やす以外にできることはなく学校も休みがちになりました。

登校前になるとお腹が痛くなってしまうのです。これは過敏性腸症候群の症状です。

「学校へ行くこと」は、僕にとってそれほどのストレスになっていました。

「がんばってもできない」つらさが伝わらない

そんな中、学校で三者面談がありました。

僕の状況を心配した母が、先生に勉強についていけないことを相談しました。ここへ来てもやはり「読み書きが苦手」という認識ではなかったので、漢字が苦手、文章を読むのが苦手、英語が苦手……そんな風にお話ししたと思います。

それに対する先生の返答は、僕にとってショックなものでした。

「一生懸命がんばってるから大丈夫です」

大丈夫じゃないことを、どうしてこんなに誰もわかってくれないんだと泣き崩れそうになりました。

がんばっているからといって大丈夫ではない。がんばってもがんばってもできない、このつらさが誰にも伝わらないなら、もうダメだ!

先生の言葉に対して、僕がなんと言ったのか、母がなんと答えたのかは覚えていません。

ただ、その帰り道に「病院に行きたい」と地面を睨みながら言ったことだけは鮮明に覚えています。

そして、長い時間をかけた上で、発達性読み書き障害だと診断されました。

高校2年生のときでした。2013年、ようやく日本でも少しずつ「発達性読み書き障害」が知られてきた頃。僕は、病院で「治療もトレーニングもできない」と告げられました。