借金までしてつくった新たな施設

闘病から2年後、看取りができる場所として、自宅前の耕作放棄地に住居型有料老人ホーム「にしきの丘」を開所。ヘルパーステーション、訪問看護ステーション、そして峠から場所を移したデイサービスも同じ敷地内に新築した。はじめてつくった通所介護所、その後のグループホーム、そして新たにつくったデイサービス施設……江森さんが投入した資金は総額1億円以上。峠茶屋は、それまで江森さんの退職金や補助金などで無借金経営だったが、この新築移転費用に関しては、「法人としては大きな借金を入れたほうがいいのかも」と江森さんは考えた。

「振り返ると、無借金だったことが『経営の甘さ』にも通じる部分があったかなって。今は、多額の返済があることで、スタッフを含めて危機感をもって運営できるようになっていますから」

撮影=清水美由紀
通所介護施設・宅老所「峠茶屋」前の江森さん。宅老所のネーミングは「ここで一服どうぞ」の意味を込めた。

自宅のそばに施設を集約したことで、365日、24時間対応もしやすくなった。実際、江森さんは現役看護師として、仕事用とプライベート、2台のスマートフォンを常に持ち歩き、いつでも対応できるようにしている。

一方で、将来的なことを考えて、後継者への権限委譲なども進めている。すでに江森さんの夫が務めていた理事長職、江森さん自身が担っていた専務理事職は、峠茶屋のメンバーに継承した。

二人三脚で事業を運営してきた夫が認知症に

脳梗塞をきっかけに死を一人称として捉えられるようになったという江森さんだが、今は認知症にも当事者として向き合っている。

峠茶屋の事業を長年支えてくれた夫が、2024年3月に引退。役割がなくなったことがきっかけで初期の認知症状を見せるようになったのだ。今は、夫から目が離せない日が続いている。

「年を取ることはしんどいし、人生って苦しいものですよね」としみじみと語る江森さん。これまで介護のプロとしてやってきたが、いざ身近な夫が認知症になりつつあるという現実に向き合うのは、簡単なことではない。どうしても事あるごとに、怒りややりきれなさが込み上げてくる。

「それでも、私が今経験していることは、きっと誰かの役に立つはず」。そう語りながら、認知症高齢者の家族としての自分を受け入れ、そこから新たな学びをほかの誰かのために生かしていきたいと考えている。

夫の世話に加えて、定期的に、松本市内に住むシングルマザーである長女の子どもたちの面倒も見ている。大学卒業後、長女は摂食障害を患った過去がある。その後、摂食障害を乗り越え、結婚・出産。しかし、自閉症を抱える第2子の次男、そして長女自身も乳がんを発症するなど、波乱万丈な人生をこれまで歩んできた。

そんな長女が離婚して、シングルマザーに。それをきっかけに、5年前から週5日、長女の家に通い、小6〜高1の孫たちの世話をする。

「長女が摂食障害になったときも、仕事を辞めて彼女にかかりっきりになるということはしませんでした」という江森さん。その距離感が、逆に長女の回復にはよかったと考えている。今もベタベタした親子関係というよりは適度な距離感を保ちながら、孫たちの成長を手助けしているのだ。