長野県松本市の山間・四賀地区にある「NPO法人 峠茶屋」は、通所介護、訪問介護、グループホームなど、地域密着型で高齢者のための施設を運営する。開所したのは、施設の理事であり、83歳の今も訪問看護師として活躍する江森けさ子さんだ。自身の山あり谷ありの人生で見つけたのは「尊重し寄り添う」ことの大切さだった――(後編)。

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車椅子に座るシニア女性の手を握る看護師の手元
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです

71歳で脳腫瘍に。「死」が自分ごとになった

江森さんは、83歳になった現在も訪問看護師として現場で高齢者に寄り添い、1日8時間、週5日働く。「働くことが好き」と、60代から飛び込んだ介護の仕事。看護師のキャリアを生かして看護と介護を連携することで、認知症の高齢者やその家族の幸せを手伝ってきたという自負がある。看護師をやってきたことが、今、大きな財産になっているが、その一方で、看護より介護のほうがよりやりがいが大きいと感じる日々だ。

「例えば、いくらコロナ禍でもヘルパーが介護をしてあげないと、高齢者の命を支えることはできませんよね。そんなヘルパーに対して『天使だ』と言って、涙を流しながら感謝する利用者の姿をたくさん見てきました。その感動は、介護の仕事に携わるからこそ味わえるものなのです」

実は、2024年4月に訪問介護事業所の介護報酬が改定となり、減額されている。これをきっかけに経営困難に陥り閉鎖する事業所が後を絶たない。介護はこれからの日本が避けては通れない社会問題でもあるにもかかわらず、その最前線の事業所や現場のスタッフを取り巻く環境はあまりにも厳しい。それでも、と江森さんは続ける。「高齢者に寄り添い、家族も含めて支え続ける訪問介護事業者にとって、利用者からの感謝の言葉が大きな励ましとやりがいになっているのです」

連載「Over80 50年働いてきました」はこちら
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24時間フルで仕事に没頭する江森さんだったが、大きな転機がやってくる。介護で走り回る生活が10年目を迎える頃、71歳で脳腫瘍に倒れたのだ。手術をし、幸い、後遺症もなく現在は年1回の定期検査だけですんでいる。

しかし、このとき「命を救う側」から「救われる側」になった体験は、その後の生き方に大きく影響することになる。

83歳の今も現役で活躍する訪問看護師・江森けさ子さん。「命のありがたさを痛感。だからこそ、みんなに大事にされながら旅立てる環境をつくってあげたい」
撮影=清水美由紀
83歳の今も現役で活躍する訪問看護師・江森けさ子さん。「命のありがたさを痛感。だからこそ、みんなに大事にされながら旅立てる環境をつくってあげたい」

「実体験として『命はひとつしかない』ということを痛感。自分の命のありがたさがわかったし、自分だっていつ死ぬかわからない、という覚悟が決まりました」

それまでも高齢者に真摯に寄り添ってきたつもりだが、あくまでも第三者としてだった。自分ごととして「死」に向き合ったことで、「看取り」もするという決意につながっていく。

「人生の最後には、最高のステージをつくってあげたい。みんなから声をかけられ、大事にされながら旅立てる環境をつくってあげたいな、って」