当日の逮捕も「特ダネ」で出した
袴田さんを逮捕する8月18日の毎日新聞は朝刊社会面トップで、「作業員『袴田』に逮捕状」「寝間着の血がキメ手」「放火の油もほぼ一致」とやはり特ダネ記事を掲載した。
当日の静岡新聞は「捜査は大詰めへ 某従業員から事情聴取」と何ともあいまいな記事を掲載してしまった。
記事は「容疑が消えない黒白をつける」「パジャマが発見された日時、場所、事件後の動向などは疑惑を打ち消す要素も大きい」などとあり、袴田さんの逮捕状など全く承知していないこともわかる。
毎日新聞の「検証」は、翌日の8月19日朝刊について「袴田さんが容疑を否認していることを掲載する一方で『刑事たちの執念と苦しさに耐えたねばりが功を奏して(中略)逮捕にまでたどりついた』と表現した」ことを問題にした。
同じ8月19日毎日新聞を見てみたが、そのような記事にたどりつけなかった。当日の社会面には「袴田、否認のまま逮捕」「『私なら小刀は使わぬ』逮捕前の袴田と会見」という大きな見出しの記事が掲載されていた。
前文で「袴田は工場のミソを盗んだことは一部認めたが強殺、放火は全面的に否認している」とある。
逮捕前の袴田さんを単独取材していた
本文記事は、これまでの警察情報ではなく、毎日新聞静岡支局の記者2人が逮捕の2週間前の8月4日夜、毎日新聞清水通信部で2時間余にわたり袴田さんを単独会見した際の一問一答が掲載されていた。
以下が一問一答の全文である。
――君は犯人と疑われているようだが……。
答 えー、そりゃ、自分のアリバイを証明できない点では不利な立場に立たされたと思っていますよ。でも私が犯人だったらもっとアリバイをつくってからやりますよ。(声高に笑う)それに小刀を使いませんよ。バーンとアゴをなぐれば(元ボクサーらしく身ぶりですごみをきかせる)ちょっと起き上がれませんからね。
――警察は事件後、間もなく君を夜中までぶっ通しで9時間以上にわたって調べたね。内容は……。
答 いきなり部屋にはいったとたん「お前はどうしてここへきたかわかるだろうな」ときた。「お前がやらなくてだれがやるんだ」ともいわれた。(やや興奮気味になる)パジャマにちょっと血がついていたくらいで色めきたって犯人扱いするんだからたまらないですよ。「胸の血はどうしてついたんだ」と聞くから「そんなことわからない。消火作業に夢中だったのでどこでついたか知らないんだ」といってやった。
――事件当日のアリバイは。
答 午後5時半ころだったと思う。専務の家へ××君(記事は実名。同僚の従業員)と二人でメシを食いに行った。それから部屋に戻ってテレビを見てから寝た。
――パジャマの血はどうしてついたのかわからないの。
答 消火作業に夢中だった。土蔵の物干し台にあがって窓をこわしていたとき左手に痛みを感じ、けがをしたことに気がついた。たぶん屋根の上でころんだのでそのときのけがだと思う。