日本としては、何とか海外からも資金を稼がなければいけません。今のところサービス収支で黒字を稼ぎ出しているのは、先述のとおり「旅行」分野で、23年は史上最大の3.6兆円の黒字でした。この強みを生かして「今後も海外から観光客をどんどん誘致していけばいい」という人もいます。

岸田首相も7月中旬に開催された観光立国推進閣僚会議で「24年は過去最高を大きく更新して3500万人が来日し、旅行消費額も8兆円が視野に入る勢いだ」と語ったのですが、観光客を受け入れるキャパシティが限界に近づいているのではないでしょうか。

たしかに、消費単価は19年の15.9万円が、23年に21.3万円と34.0%も伸びています。これは政府が25年の目標としていた数値を、2年も前倒しで達成していることになります。さらに24年の第2四半期(4~6月)は四半期として過去最高の消費単価23.9万円を記録しており、30年の目標としていた25万円の達成も現実味を帯びています。

頼みの綱インバウンドはなぜ「頭打ち」なのか

こうした数字だけを見ると「日本に来る外国人観光客は、以前よりも多くのお金を使うようになっている」と思うかもしれませんが、本当にそうでしょうか。19年12月の消費単価と比べて24年6月のそれは40.1%増えています。しかし、同期間に実質実効為替相場は約34.8%下落しています。円安効果を差し引けば、消費単価は私たちが思うほど伸びていないのかもしれません。

一方で、ホテルの宿泊稼働率状況を見ると、コロナ前の稼働率を回復できていないのです。その背景の1つにあるのは深刻な労働力不足です。部屋はあるけれど客室清掃やベッドメイクをする従業員が確保できず「満室営業を諦めた」ホテルがたくさんあります。

その結果、ニセコのホテルの清掃スタッフの時給は2000円程度を見込むようです。京都でも同様のことは起こっていて、旅行サービスで稼げる黒字は、やがて頭打ちになってくると思われます。

日本が貿易赤字の拡大を食い止めるには、対内直接投資を増やすという手もあります。対内直接投資とは外国の企業や投資家が、日本に生産拠点を設けたり、企業経営に参画したりするもので、円安を生かすカードとしては外せない手段です。

現在、日本の対内直接投資残高は約50兆円ありますが、岸田政権はこれを「30年までに100兆円」に増やしたいとして目標設定しています。そのモデルケースとなるのが、TSMC(台湾)が熊本県菊陽町に建設している半導体工場です。

総投資額86億ドル(約1兆2600億円)を投じて建設された第一工場は今年2月に完成、現在は139億ドル(約2兆444億円)をかけた第二工場が建設中です。現地は特需による空前の好景気に沸いており、こうした投資を全国に呼び込もうと官民挙げて取り組んでいるところです。

半導体工場のほかにはAIの需要拡大を背景にデータセンター誘致などもトレンドで、マイクロソフトやグーグル、AWS(Amazon)、オラクルが日本でのデータセンター建設を発表しています。しかし、ここでも人手不足が成長を限定するネックになるほか、エネルギー(電力)価格の問題が懸念されます。

言わずもがな、工場を稼働するには膨大な電力が必要です。金額ベースで日本の輸入の25~30%は鉱物性燃料に占められており、円安でそれらを購入するためのコストが増えることは日本で工場を建設・稼働するメリットを削いでしまいます。

こうした課題は海外から労働力を連れてくるとか、原発を稼働すれば解決できそうな話ではあるのですが、国内世論を見るかぎりタブー視されている議論です(私の解説も「だからどうすべき」という提言ではありません)。そうなると、これから貿易赤字の拡大を食い止めるのはなかなか簡単ではなさそうです。

金利差が多少縮まったところで、こうした需給における円安要因を解消するには及ばないのではないか。私が現在の円安が「構造的」であると見る理由がおわかりいただけたのではないでしょうか。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年9月13日号)の一部を再編集したものです。

(構成=渡辺一朗 図版作成=大橋昭一)
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