かつて延縄船は「後家縄」と呼ばれた

ラインホーラーをはじめとする漁労機械を製造する泉井鐵工所は高知県室戸市にある。室戸市は人口1万1400人。高知県の東の端にある。ちなみに西の端は足摺岬だ。高知市から室戸市までは車で約2時間。鉄道は途中の奈半利までしか通っていない。

室戸は江戸時代から明治の初期までは鯨の町だった。その後、鰹、マグロの延縄漁が盛んになり、今でもマグロ延縄船の母港のひとつである。ただし、水揚げは室戸港ではない。室戸の船は近海でマグロを獲ったら、和歌山県の那智勝浦、千葉県の銚子、宮城県の塩釜に向かう。一方、遠洋の場合は主に静岡県の焼津、清水、神奈川県の三崎から出ていって、元の港に帰ってくる。それもあって室戸でふんだんにマグロが食べられるわけではない。地元の人たちは沿岸で獲れるキンメダイ、メジカ(宗田鰹そうだがつお)などを食べる。メジカは傷みやすい魚なので、獲れた港の近くでしか食べることができない。アジのようなサバのような外見で刺し身にして仏手柑ぶっしゅかん(柑橘)を搾って食べる。白身の魚のような淡泊な味だ。

さて、泉井安吉が創業した泉井鐵工所の本社、工場は市内の中心部にある。社長はひ孫の北村和之、和之の叔父で相談役をやっているのが泉井安久だ。

ふたりは延縄漁とラインホーラーについて教えてくれた。

北村は言った。

「延縄漁は幹縄みきなわ枝縄えだなわを垂らして行います。枝縄の先には釣り針がついています。船が幹縄を繰り出していって、釣り針についた餌を食べたマグロがかかる。引き揚げるときに昔は縄を漁師が手で引いていました。危険です。足に縄がからまったら、そのまま海に引きずり込まれたりします。マグロの延縄漁は事故が多かったので、昔は延縄船のことを『後家縄』船と言いました。後家とは夫を亡くした女性のこと。漁に出たら必ずひとりかふたりは事故に遭う……」

相談役の安久が後を引き取った。

「幹縄の長さは遠洋なら150キロメートルはあります。室戸岬から足摺岬ぐらいまでが150キロメートルだから、それくらいの長さに3000本の枝縄をつけます。幹縄はある程度の長さが出たら、縄の端にラジオブイをつけた浮き玉を仕掛けます。そして、船から切り離す。船はラジオブイを置いた場所を記録しておいて、そこにまた戻って縄を揚げる。これが揚げ縄の作業。縄を投げ入れる(投縄)のに5時間、縄を揚げる(揚げ縄)のが12時間。

幹縄は直径約4ミリのテグスで、枝縄はナイロンテグス製。テグスとは釣り糸のことですね。幹縄はテグスになる前は合成繊維のクレモナ縄でした。餌はイワシ、イカ、ムロアジ、サバ。冷凍の安い魚を使います。

遠洋の大型船には二十数人が乗り込みます。太平洋からインド洋や大西洋にまで行ってマグロを獲って船内で冷凍保存する。近海の場合は冷凍ではなく、冷海水で船腹に保存します。保存するときはえら、わた(内臓)は抜きます。漁師は大変ですよ。投縄、揚げ縄といった漁のほか、甲板に引き揚げた100キロもあるマグロの解体まで行うわけですから」