「イズイ無くして、マグロ揚がらず」。漁師たちは口々にそう言う。泉井鐵工所のラインホーラーのことだ。苦境に立たされ、そのたびに蘇り、世界中のマグロ漁に革命を起こした男の物語。

マグロのはえなわ漁は江戸時代に始まった

神田須田町の寿司店「鮨葵」。どこの町にもある普通の寿司屋で、店内にはテレビがある。客はニュースやスポーツ中継、お笑いなどのバラエティ番組を見ながら酒を飲み、刺し身と寿司を食べる。値段は高くない。

客筋はいい。日本橋、神田の老舗企業の会長や相談役、警察幹部、銀座の一流寿司店の職人といった人たちが食べに来る。「鮨葵」に来る客が目当てにしているのはマグロだ。主人、田口勝己は冷凍の魚は一切使わない。マグロは近海の延縄はえなわ漁で獲ったホンマグロだけ。握りや鉄火巻きのほかに、カマの部分はねぎと一緒にねぎま鍋にする。ねぎま鍋のマグロは黒胡椒で食べる。