「反撃=事実上の先制攻撃」ではない
相手が撃ってきたミサイルに対し、日本はミサイル防衛でこれを撃ち落とし、2発目、3発目のミサイルを相手に撃たせないように、反撃力によって出元を叩くことになる。その能力を持って抑止力とする、ということです。
もしこれができない、やらないということになれば、相手からのミサイルをミサイル防衛で撃ち落とすことしかできず、次々とミサイルが発射され、日本は甚大な被害を受けてしまいます。これを避けるために出元を叩き、発射装置を破壊することで追撃させない状況を作ろうというものです。
当然、「兆候を察知して」「撃たれる前に」こちらから撃つことはできません。
反撃能力の行使はあくまでも「リアクション」です。
相手からの攻撃の「おそれ」があるという段階で攻撃を加えれば先制攻撃になってしまいますので、相手が攻撃に着手し実際に攻撃がなされた後、リアクションとして「反撃」を行うという順序です。その点で先制攻撃とは全く異なるものですから、論じる際には言葉の定義をきちんと確認する必要があると思います。
以前は反撃能力を「敵基地攻撃能力」と呼んでいたこともあって、「敵基地を先に攻撃するなんてとんでもないことだ」と解釈する人もいたようです。また「着手」という言葉が「攻撃の着手はしたけれどまだミサイルを撃っていない状態」という解釈から、誤認があり得る、または先制攻撃になりうるとして反対する意見もありました。
法的にはまったく問題ないが…
しかし「反撃能力」という言葉になって、このあたりの誤解は生じにくくなったのではないでしょうか。
また各国との関係を見ても、日本が単独で反撃を行うことはなく、アメリカはもちろん、韓国とも連携して判断することになりますから、日本が「危ないと思って撃たれる前に勝手に撃った」というようなことにはなりえません。
まかり間違えば中国や北朝鮮から核ミサイルが飛んでくることになりかねないわけですから、相当な歯止めがあったうえでの話です。
――となると、かなりクリアな話ですよね。それでも反対論、慎重論が出るのはなぜなのでしょうか。
いろいろな観点があると思います。当然のことながら、法と能力というのは大前提であって、法的に可能でも能力がなければ反撃できず、能力があっても法的にできなければ、やはり反撃することはできません。どちらか一方が欠けていても、反撃はできないところ、その二つはそろったことになります。
しかしさらにその大前提の先に、「実際にその能力を使うかどうか」という政治判断が存在します。法的に許された能力を持つことが、即、反撃に相当することを実施するという話になるわけではない点は、明確に分けて検討しなければなりません。
あるいは、そもそも日本は軍事力を一切持つべきではないと考える方なら、自衛隊そのものの存在が許されないことになりますし、日本の領土領海を超えて相手国の基地に届く能力を持つことに対する懸念もあるでしょう。