リズムの“下剋上”
リズムの取りかたの指導も徹底していた。モー娘。の楽曲の基本は16ビート。これを普段から体に叩き込むよう、いつもつんく♂はうるさく言っていた。
「サマーナイトタウン」(1998年発売)のレコーディングでのこと。保田圭、矢口真里、市井紗耶香の新加入組3人に、「曲の中に基本的に16ビートが流れてるんだけど、歌ったときに『何とか音頭』みたいになっちゃってる」とダメ出しし、「ここはキモなのよ、結構」と言って、短いコーラスパートが主なのだが繰り返し何度も歌わせる。かかった時間はなんと5時間。
16ビートは、「LOVEマシーン」がそうだったようにディスコ調の音楽などでおなじみのファンクのビートだ。演歌ともロックとも違う。それはつんく♂にとって、新しいビートでヒット曲を出そうというリズムの“下剋上”でもあった。
また、『ASAYAN』ではつんく♂の発想のユニークさが垣間見えることもあり、そこもひとつ見どころだった。
たとえば、つんく♂がモー娘。メンバーに「LOVEマシーン」のコンセプトを説明する場面。「不景気だろうが何だろうが、みんな恋はする」「いろんな恋がインフレ起こしてる」と饒舌に語るつんく♂だが、ここでもVTRを見ている矢部は「何言うとんねん」とすかさずツッコミを入れる。
ツッコみだらけの「LOVEマシーン」
矢部がツッコみたくなる気持ちもわからないではない。
アイドルが歌うラブソングと言えばさわやかな純愛ソングというのが相場。それなのに「LOVEマシーン」では、「不景気」「インフレーション」、さらには「就職希望」といったラブソングにしてはあまりに突拍子もない、ミスマッチなワードが次々と出てくるからだ。
だが「LOVEマシーン」は、人びとのこころをとらえた。当時夜の巷では中年サラリーマンもカラオケで歌いまくるほどの国民的ヒット曲、ミリオンセラーになった。
「LOVEマシーン」が発売された1999年。それは日本でもベストセラーになった『ノストラダムスの大予言』が人類滅亡を予言した年であり、世にはどんよりとした世紀末気分が漂っていた。経済的にも長い平成不況の真っ只中。決して明るい時代ではなかった。
しかしそのなかで、モー娘。だけは元気だった。「どんなに不景気だって 恋はインフレーション」「日本の未来は 世界がうらやむ」と16ビートに乗って異色のラブソングを歌い踊るモー娘。は、停滞した空気を振り払うヒーローとしてみんなをとりこにしたのである。
その裏には、世相を敏感に感じ取って曲に盛り込むつんく♂の匠の技があった。