出産時に法律婚で子は夫姓にし、ペーパー離婚で旧姓に

今回の原告の中には、3人の子どもがいて、出産の度に結婚とペーパー離婚を繰り返した事実婚の夫婦がいる。長野県在住の小池幸夫さん(66)と内山由香里さん(56)だ。ふたりは同じ職場で働く教員で、33年前に結婚。由香里さんは当時の心境をこう顧みる。

「職場の同僚から『小池さんになるんだね、おめでとう! 仕事はどうするの?』と聞かれました。私は、改姓も仕事を辞めることもまったく考えていなかったし、同じ質問は絶対に夫にはしないだろうと確信したとき、強烈な違和感を覚えました。どうして女性が姓を変えることが前提になっているのか……。同僚のその言葉が、別姓にしたいと思った原点かもしれません。私は名字を変えたくないし、夫も変えたくないなら事実婚しかないので、夫にそう話したんです」

ちょうど夫の実家へ挨拶に行く車中でのこと。彼は急に路肩に車を止めると、「そういうことなら、この話はなかったことにしよう」と言う。由香里さんはショックを受けたが、夫の幸夫さんも当惑するばかりだったという。

「それまで妻からそういう話は一切聞いてなかったので、突然のことでした。私自身は当然結婚する相手が小池の姓になるものと思っていたし、自分が変えることは考えてもいなかった。両親に話してもまったく理解してもらえないだろうから、これはもう結婚の話自体をなしにするしかないのかと……」

それでもその話は先延ばしにして、幸夫さんの実家へ。両親には何も言わずに由香里さんを紹介し、そのまま結婚式の当日を迎える。だが、新婚旅行から帰ってくると、夫の父親から「結婚届を出しておいた」と知らされた。

由香里さんは成すすべもなく、改姓することとなった。職場では通称使用を認められたが、給与振込の銀行口座、健康保険証、運転免許証……と、ひとつずつ「小池」姓に変えざるを得なくなる。自分の存在も消えていくような喪失感が募り、夫にそのツラさを洩らしていた。

一方。幸夫さんも夫婦別姓など新しい家族の在り方に関する本を読む中で考え方が変わっていく。由香里さんの気持ちを理解できたので、「事実婚にしてもいい」と賛成した。

結婚の翌年、長男が誕生。それをきっかけに離婚届を出した。子どもは夫の姓にし、自分だけ籍を抜けて「内山」姓に戻った。2年後、第2子を妊娠すると、再度婚姻届を出し、出産後に再びペーパー離婚。その後、第3子を妊娠したときも婚姻届を出し、後に事実婚に戻ることを繰り返してきた。

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子どもにはどう伝えていたのかと聞くと、

「説明はまったくしませんでした。ペーパー離婚していても、実際の生活は何も変わらない。子どもたちも両親の名字が違うことが当たり前だと思っていたので」と幸夫さん。

次女は高校時代、夫婦別姓の在り方をテーマに『うちって変ですか?』というドキュメンタリー映像作品を制作し、放送コンテストで入選を果たす。その頃、長女は結婚して改姓したが、自分の名字を失う悲しみを経験して、母親に泣きながら電話してきたこともあった。

「私は何もしないまま30数年過ごしてしまったんだなと悔やまれました。だから、子どもたちの世代のために少しでも自分ができることをしなければいけないと思ったんです」と、由香里さん。

夫婦が事実婚を選んだのは、互いの人格を尊重するため。集団訴訟の原告になることもふたりで納得して決めた。夫の幸夫さんもこんな思いを託している。

「3人の子どもたちも成人して、それぞれ家庭を築く年頃になった。今は次の世代を担う人たちのために、夫婦別姓という選択肢が増えることを願っています」