問われていたのは「トップの姿勢」

この真剣な幸之助の直言は、半年後、その社長からのこんな報告となって実を結んだ。

「松下さん、ほんとうにありがとうございました。あれから私は、会社に帰ってすぐ全社員を集め、松下さんからこういうことを言われた。だから自分はきょうから生まれ変わって仕事をするからみんなも協力してほしいと宣言して、毎日の仕事に打ち込みました。

仕事がすんでから小売店を2、3軒ずつまわって商品の陳列を直したり、掃除を手伝ったりすることも日課に加えました。おかげで、社員も小売店の人たちも熱心に仕事を進めてくれるようになり、業績も好転してうまくいっています。安心してください」

*「血の小便」とは時代性のある過激な表現だが、幸之助の言わんとするところは、商売は決して簡単ではないということ。トップが全身全霊で臨む姿勢が根本にあってこそ、活路は開けるのではないだろうか。

きみたちは「とどめ」をさしたかね

昭和20年代後半、松下電器東京特販部は、生産販売を始めたばかりの電気冷蔵庫を、当時日本一と言われていたデパートに納入すべく懸命の努力を重ねていた。

当時、そのデパートの電気器具売り場では、電気冷蔵庫も舶来品嗜好しこうから外国製品が各種各様に雛壇ひなだんに並び、国産品は末席に展示されていた。

日本一のデパートの売り場に展示されることが、東京全域の販売店に対して、ナショナル冷蔵庫拡売の決め手になるともなれば、東京市場拡大のためにはそのデパートへの納入が焦眉しょうびの急であった。

努力の甲斐あってようやく話が決まり、納品が無事完了して、特販部が喜びに沸きたっていたときである。たまたま幸之助が上京、銀座にあった特販部に立ち寄った。責任者から改めて納入成功の報告を受けた幸之助は、「それはよかったな。ご苦労だった」と部員をねぎらったあと、こう続けた。

「しかし、物事はね、とどめをさすこと、これが絶対肝心なことやで。きみたちはとどめをさしたかね。さしとらん。実は、今私は、そのデパートに寄って、売り場を見てきたんやが、仕入部に納品したことで満足しとったらあかん。仕入部に納品できたかて、その商品を電化製品売り場の冷蔵庫コーナーの人目によくつくよい場所に展示してもらい、販売促進につながる姿にしなければ、ほんとうにそのデパートに納入したことにはならん。今のところはまだ肝心のとどめがさされておらん」

幸之助は上京するなり、東京の主要マーケットを歩き、そのあとで特販部に立ち寄っていたのである。

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