世界で1800万人の雇用が増えるシナリオも
濃いグレーの棒は「STEPSシナリオ」といって、抜本的な削減には至らず、現在各国政府が宣言している水準でカーボンニュートラルを進めるというシナリオのケースだ。
ちなみに、STEPSシナリオでは2100年までに気温が2.1℃上昇する予測となり(3)、パリ協定を達成することはできない。それでも、何もしなければ気温は4.5℃上昇すると予測されていることを考えると、はるかにましだ。
そして、国際エネルギー機関の予測では、NZEシナリオとSTEPSシナリオのいずれの場合でも雇用数が増えるという結果が導かれた。
NZEシナリオでは約1800万人増、STEPSシナリオでは約600万人増となり、気候変動対策を大きく進めるNZEシナリオのほうが雇用増が大きくなる。
もちろん、業種ごとに受ける影響は違う。理想のシナリオであるNZEシナリオでは、再生可能エネルギーに代表される「低炭素電源」の分野で、2030年までに約1100万人分雇用が増える。
現在発電に係る世界の雇用数は1130万人なので、単純計算で発電に係る仕事が倍増する。新たに増える仕事には、再生可能エネルギー設備の製造、設置やメンテナンスなどがある。
同様にバイオ燃料や水素、アンモニアなどの新たな「低炭素燃料」の分野でも、300万人強雇用が増える。自動車業界では、電気自動車やEVバッテリーの関連で800万人弱雇用が増える。
“従来の自動車産業600万人”が雇用を失う
反対に、大幅に減っていくのが、ガソリンやディーゼルを燃料とする内燃機関自動車関連の雇用だ。
2030年までに約600万人もの雇用がなくなる。現在、世界全体の自動車産業(部品産業も含む)の雇用全体が約1200万人と推計されているので、2030年までに自動車産業の雇用の約半数が影響を受ける。
他にもなくなっていく雇用は、火力発電関連で100万人、石炭生産と石油・ガス生産で概ね200万人から300万人と推計されている。化石燃料関連全体の影響をまとめると、火力発電では3分の1、石炭生産では約半数、石油・ガス生産では約4分の1の雇用が2030年までになくなっていく。
これらの雇用の増減を、世界の地域別にみると、内燃機関自動車産業と化石燃料生産業に従事している人が多い国で、雇用が大幅に減少すると予想されている。
内燃機関自動車は、日米欧の先進国で従事者が多く、このままいくと日米欧では大量に雇用が失われる。
半面、電気自動車やバッテリー産業は、内燃機関自動車で失われる雇用以上の新規雇用増が予想されており、早期にこれらの産業を育成できるかが、国内の雇用政策にとっても大きなカギを握る。
当然、自動車産業での立国を狙う中国などの新興国でも、電気自動車やバッテリーを自国の産業の柱にしようと躍起になっている。雇用をめぐる競争は、先進国間だけでなく、先進国と新興国の間でも熾烈になっていく。
化石燃料生産業で減少が大きくなる地域は、中東やアフリカだ。アメリカでも化石燃料関連の雇用は多く、雇用消失のリスクは高いが、一方でアメリカは再生可能エネルギーのポテンシャルも大きい。
そのため、再生可能エネルギー分野での雇用創出が減少分を相殺したうえで、新規雇用をさらに大幅に創出していくとみられている。
このように国内の再生可能エネルギーポテンシャルが高い国では、新規雇用を生み出していく力が強い。反対に再生可能エネルギー意欲の低い国では、雇用が減っていく。