「女には母性本能があり適性にそった仕事を」と言った裁判所長

当時、任官したばかりの裁判官は先ず判事補になり、判事補としての10年間に大、中、小それぞれの規模の異なった裁判所での勤務を経験し、かつ、地方裁判所、家庭裁判所が独立しているところの勤務に当たっては、なるべく両方の裁判所の仕事を経験し得るような配置が望ましい、とされていた。各地の裁判所の先輩裁判官もその趣旨にそった人員配置に協力していた。

三淵嘉子、永石泰子ほか『女性法律家 復刊版』(有斐閣)

私がある裁判所に着任し、同じ裁判所の十数名の判事補とともに配置がされる段になって、家庭裁判所所長に呼ばれた。所長の言うことは、要するに女には母性本能があり適性にそった仕事をするのがよい、少年事件は母性本能を持つ女性に最もむいているから、家庭裁判所では少年事件をずっと担当したほうがいい、というものである。

私としては裁判官の仕事の経験を積む重要な時期であるから、母性本能の十分な発揮はともかくとして、いろいろな仕事につかせて欲しい、少年事件はすでに何年も経験したから、いま、さらに家庭裁判所での執務を、といわれるなら未だ経験していない家事事件を担当させて頂きたい、と希望した。ところが、所長のいわれるのは、家事部には女性の調査官を配置しているし、調停委貝に女性が沢山いる、女どうしでいざこざがおこり、うまくゆかないだろうからその配置は好ましくないと。私はその所長が或る種の伝統的日本男子らしく、「女子と小人は養い難し」的信念を持ち、女は嫉妬で同性いがみ合う存在である、との思想を堅く持ち続けているらしいことに驚嘆した。

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