選択的夫婦別姓の実現は女性だけの問題ではない

経済界では、2018年にサイボウズの青野慶久社長が「選択的夫婦別姓」を求める裁判の原告となり、話題を呼んだ。数多くのメディアで取り上げられ、夫婦別姓をめぐる関心が高まることになったのだ。

そもそも青野さんはどうして妻の姓に変えたのだろう。それは2001年にさかのぼる。

「理由はシンプルで、妻が名字を変えたくないと希望したからです。僕自身、当時は女性が変えるものと思っていたけれど、妻が嫌がっているのに無理やり変えさせるのは申し訳ないし、『じゃあ俺が変えるよ』とカッコつけたところもあって(笑)。前の職場では旧姓で働く女性たちをいっぱい見ていたので、大した問題はないだろうと思っていました」

だが、結婚して改姓したところで、「これはむちゃくちゃ大変やないか」と気づく。クレジットカード、キャッシュカード、運転免許証、飛行機のマイレージカードなど、改姓の手続きには膨大な作業が発生する。さらに厄介なのは、ビジネス上でも「青野」と戸籍名との使い分けが必要なこと。契約書にサインする際はどちらを使えばいいのかという確認を欠かせない。海外出張のときは現地のメンバーがホテルを取ってくれるが、「AONO」で予約されると、フロントではパスポート名と違うのでトラブルになることもあった。

「名前の使い分けが非常に面倒であるのはもちろん、人事部や経理部など社内でも2つの名前を管理することでコストがかかる。ましてグローバルに活躍する人たちの経済活動を阻害するリスクもあるわけです」

経営者としての気づきもあったという青野さん。さらなる転機は、2015年12月、男女5人を原告とした「夫婦同氏を強制する民法750条は憲法違反」との訴えが最高裁で棄却されたことだった。

「なぜ、日本ではこうも議論が進まないのかと疑問が膨らみ、自分なりに選択的夫婦別姓について調べ始めたんです。自民党の野田聖子さんに話を聞きに行くと、政治家の中でも一部の議員が強固に反対しているのだという。政界から制度を変える動きが進まないなら、まずは世論に訴える必要があるとわかりました」

その矢先、岡山の作花知志弁護士が夫婦別姓訴訟を起こそうと考えており、原告を募集していると声をかけられた。青野さんは即答し、4人の原告が国を相手に裁判を起こす。この裁判も1審、2審と敗訴を重ね、最高裁に上告したが、2021年6月に棄却された。

写真=iStock.com/Chris Ryan
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だが、メディアで大きく取り上げられたことで世論の風向きが変わり、政界では賛成派の議員が増えていく。青野さんは「選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会」を立ち上げ、賛同者を集めてきた。

「女性の方たちが中心になって声をあげると、世の中ではどうしても『自分たちの権利のために主張している』というように矮小化した捉え方をされるのがすごくもったいないと思う。僕が声をあげることで、これは女性だけの問題ではないと。精神的な損失も大きいけれど、経済的にも損失を被っていることを訴えていかなければと取り組んできました」

経団連も大きく動き出し、今年6月には選択的夫婦別姓制度の早期導入を政府に求める提言を公表している。そして、東京、北海道、長野などの男女12人が国を相手取り、選択的夫婦別姓を求める第3次集団訴訟がいよいよ始動した。

次回はその弁護団と原告になった人たちの「姓」をめぐる歩みをたどる。

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