改姓してわかった手続きの煩雑さと理不尽さ

「あなたの名前が無くなるかもしれないとしたら……」

この「佐藤さん問題」が自分の姓について考えるきっかけになればと語るのは、「あすには」代表理事の井田奈穂さんだ。井田さんは「あすには」の前身団体、「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」の発起人でもある。活動のきっかけになったのは、再婚に伴う2度目の改姓だったという。

最初の結婚は大学1年生の時。名字が変わることに抵抗はあったが、夫や親族に反対されて「井田」に改姓した。2人の子どもを授かり、19年後に離婚。「井田」の姓はそのまま使い続け、新たなパートナーとは改姓を避けるため事実婚を選択した。

だが、夫が手術を受けることになり、状況は一転する。病院では家族と見なされず、病状の説明も単独では受けられない。「あなたでは同意書にサインができないから」と、本当の家族を呼ぶようにと言われた。ならば法律婚をしようと話し合うが、姓をどうするかで悩んだ。

「私が改姓しないと、今の夫が前夫の姓を名乗ることになるのでそれは酷だからできない。子どもたちは結婚は喜んでくれたものの『姓を変えたくない』と言い、母子の戸籍から私が抜ける形で夫と再婚しました。40代で再び改姓。大量の名義変更をこなす度に、穴を掘って自分を埋めるような感覚があって苦痛でしたね」

勤務先では旧姓の「井田」を使っていても、給与振込の口座や社会保険など戸籍姓に変えなければならない。海外出張の際には旧姓併記のパスポートを取ったが、現地の入管でいちいち説明するのも大変だった。さらに、学校関連や塾、奨学金の保護者名義も口座もすべて変更しなければならなかった。

「突然、娘の口座が凍結され、戸籍謄本を取って親権者の改姓を証明してほしいといわれたことも。ものすごい数の手続きがあって2年経っても終わらない。ほとほと嫌になりました」

井田さんにはカナダで国際結婚している姉がいて、彼女が住むケベック州は夫婦別姓なのだと聞く。調べてみると、日本だけが夫婦同氏制なのだと知って衝撃を受けた。SNSで改姓の問題を発信していくと、同じ思いを抱える人たちとどんどんつながっていく。

写真=iStock.com/Hailshadow
※写真はイメージです

「苦痛を感じている人が多いのであれば、やっぱり変えるべきじゃないかと。地元の議員に会いに行って、陳情活動をしていく中で、これは政治の問題なんだと気づいたのです」

井田さんは「全国陳情アクション」を発足。全国の地方議会に働きかけて「選択的夫婦別姓」の法制化を推進する意見書を可決し、国会に提出する活動を始めた。それに対して誹謗中傷も受けたが、経済界からの声も追い風になり、可決数は約400件にのぼるという。