「売り手市場」としてビジネスを展開している

別の言い方をすると、TSMC以外の受託メーカーの大部分は、顧客が支配する「買い手市場」にいるが、TSMCは「売り手市場」でビジネスを展開している。そこでは顧客がTSMCに高度に依存しており、TSMCと同じものを提供する会社は存在しない。

TSMCの最大顧客であるアップルはリスク分散のために、過去に何度も2つ目、3つ目のサプライヤーを積極的に育てようとしてきた。しかし、TSMCに対しては、第二、第三のサプライヤーがどうしても欲しいとは言いにくかった。他社にはまねできない抜きんでた技術を、TSMCが持っているからだ。つまり、「受託業者」と呼ばれるかどうかはまったく問題ではない。顧客が持っていない技術を握り、顧客を自分により依存させることこそが、勝敗を決めるカギになるのである。

モリス・チャンは2017年7月に台湾の経済団体、工商協進会の講演会で、TSMCは典型的な「ビジネスモデルのイノベーション」企業であり、TSMCの収益が高いのは、この優れたビジネスモデルのおかげだと話している。

熊本県に設立した合弁会社JASMの特別な意義

熊本県菊陽町は人口4万人ほどの小さな町だ。2022年の春、半導体工場の建設がこの地で始まったことで、菊陽町は一躍脚光を浴びた。新工場の建設はほぼ24時間体制で進められ、夜の9時を回ってもトラックや作業員が現場を出入りし、静かな地方都市だった菊陽町が眠らない街へと一変した。

工場とはTSMCとソニー、デンソーが共同出資したJASM(ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング)だ。投資総額約86億ドルのうち、日本政府からの補助金は最大4760億円で、日本で最先端の半導体工場になると同時に、過去最大の半導体投資プロジェクトでもある。

写真提供=共同通信社
台湾積体電路製造(TSMC)の第1工場=熊本県菊陽町

TSMCは現在、中国と米国と日本で大型工場を建設しているが、JASMは現時点(*2023年の執筆当時)でTSMCが顧客と共に設立した唯一の合弁会社である。この点から、このプロジェクトに特別な意義があることが分かる。というのも、この工場が生産するのはソニーやデンソー向けのCMOSイメージセンサーや車用チップで、全量が特定の顧客に供給されることになっている。これには日本側と共に出資して、双方の結びつきを保証する意味合いがある。