過去の「傷」が今の自分に与える影響

田町三田こころみクリニックで診療を行っている精神科医の生野信弘です。私はこれまで、過食症の対人関係療法とトラウマ関連疾患の治療を中心に多くの患者さんを見てきました。

診療を受けにくる患者さんのなかには「自分は発達障害ではないか?」「他院で抗うつ薬や抗不安薬を処方されたけど、症状が改善されない」と訴えるかたも多くいます。そして、よく話を聞くとそれはうつ病ではなく、実は過去のトラウマ体験がもたらす症状だったというパターンもあるのです。

幼い頃、親から日常的に叩かれていた、性被害を受けていた……。そうした過去の「傷(トラウマ体験)」を心や体が覚えていると、現在の自分の体調にも影響を及ぼすことがあります。

その要因の一つとして、神経系の誤作動があります。神経系にはいくつか種類がありますが、そのなかでも「交感神経」や「副交感神経(迷走神経)」という言葉を聞いたことがある人も多いでしょう。交感神経は活動する際に優位になる神経系で、副交感神経(迷走神経)はリラックス状態に関わっています。

また、副交感神経(迷走神経)には、「腹側迷走神経」と「背側迷走神経」の2種類があり、私たちが穏やかに社会的な生活を送っているときは腹側迷走神経が優位の状態です。一方、交感神経は哺乳類に古くから備わっている機能で、危機的状況に陥ったときにその場所から逃走したり、あるいは敵と闘ったりするときにより活発になります。

「過覚醒」と「低覚醒」のメカニズム

社会生活を送るなかで交感神経が過剰に働くと、小さな物音にも驚いて飛びあがってしまったり、不眠に陥ったり、相手から言われた些細な言葉を攻撃だと認識して激昂してしまう……など、実にさまざまな状態を引き起こします。これを「過覚醒」といいます。

そしてもう一つポイントとなるのが、先ほど言及した副交感神経(迷走神経)のひとつ「背側迷走神経」。生命の危機を感じたときに背側迷走神経は、交感神経とは別の形で対応しようとします。たとえば、野生動物を撮影したドキュメンタリー映像などで、ライオンに捕食されそうになっている小動物が、ライオンのするどい歯で首根っこをつかまれているにも関わらず、抵抗せずぐったりしているような場面を見たことはありませんか?

人間も突然驚かされたり、身の危険を覚えるような体験をしたら身動きがとれなくなることがありますよね。これはフリーズ反応と呼ばれるもの。「背側迷走神経」が優位となりフリーズ反応が起きると、辛い状況を感じないように感覚や感情を麻痺させたり、体の動きを制限したりします。それを「低覚醒」といいます。