なぜイチロー監督が実現しないのか

これに対してアメリカでは現場とマネジメントは別個の役職であり、異なる機能だと認識されている。

90歳過ぎまで一記者として大統領のインタビューをしたヘレン・トーマス(1920~2013)のような名物記者がいる一方で、20代で大きなメディアのデスクとして活躍する管理職もいる。

野球の世界でも、選手として有名だったからと言って監督になれるわけではない。中にはドン・マッティングリーのように、ヤンキースのスター選手を経て引退後にドジャースやマーリンズの監督をしたケースもある。ただ、彼はヤンキースなどで6年間のコーチ生活を経て監督になっている。たまたまスター選手が、監督の資質も兼ね備えていた、というケースだ。

多くの監督は、マイナーからメジャーへとステップを歩みながら「マネージャー」としての実力を蓄えていくのだ。

MLBのスター選手が監督にならない一因に、選手年俸が監督よりはるかに高額なこともある。スター選手の多くは、極端な浪費家でなければ、引退時点で巨額の資産を蓄えている。しかもMLBに10年在籍すれば62歳から年額2000万円以上の選手年金も受け取ることができる。

最も優秀な監督である、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督でも、年俸はレギュラー選手よりはるかに安い 325万ドル(約4億8000万円)で、多くは100万ドル(1.5億円)程度と言われる。その報酬にうまみは感じないだろう。

巨人などが、イチローや松井秀喜に対して毎年のように監督のオファーを出しているが、MLB選手にとっては「選手のあがりが監督」という認識はないし、報酬的にも火中の栗を拾うだけのメリットはないといえよう。

写真=iStock.com/adamkaz
※写真はイメージです

名指導者が消えたわけではない

例外的にNPBでも現役時代の実績が乏しい選手が、コーチとして実績を積んで名監督になったケースがある。

現役時代はわずか56安打、2本塁打に終わりながら、阪急・オリックス、日本ハムの監督として1322勝をあげ、日本一に3度輝いた上田利治(1937~2017)が代表格だ。

現役監督では、その上田監督時代の阪急に捕手として入団し、西武、横浜、日本ハムで29年もの現役生活を送ったオリックスの中嶋聡監督が該当するだろう。

阪急の大投手・山田久志から松坂大輔、三浦大輔、ダルビッシュ有、ブルペンでは大谷翔平の球も受けたという長いキャリアの持ち主で、引退後は日本ハム、オリックスのコーチを経て監督になった。現役時代に目立った成績はないものの、監督としては選手起用の的確さ、若手を抜擢する目の確かさで昨年までリーグ3連覇を果たした。

筆者はプロ野球のコーチの話を聞く中で、中嶋監督のように、現役時代はスター選手でなくとも優秀な監督になるのではないか、と思わせるコーチがいる。

ある投手コーチは、自軍の投手が自分の判断でフォームを変えても「なぜ変えたんだ」とは言わず、じっくりと投手の動作を確認する。フォームを変えても成績が上がらない投手が、コーチに聞いてきたときに、短くポイントだけを指摘して、投手自身に気づかせる、と語った。

ある打撃コーチは、遠征先のホテルの大浴場で湯船から選手の動きをじっと見るといった。どこかをかばっていたり、足を引きずっていたら、機会を改めて「どこか痛いのか?」と声をかけるという。