免疫細胞療法の治療は一度も実現せず

▼告知から43日目(6月25日)

午前2時28分、土谷和之さんは43年の人生を終えた。

友人が受け取った死亡診断書には、進行がんによる肝不全、腎不全、そして心不全による死亡と記載されていた。結局、免疫細胞療法の治療は一度も実現しなかった。

大手シンクタンクの主任研究員の仕事と同時に、国際的なNGO活動に参加していた土谷さん。東京・文京区の寺で行った葬儀には、300人を超える参列者が集まり、世界各地の人々から彼の死を悼むメッセージが届いた。

8月になって、土谷さんが住んでいたマンションの遺品整理に私は同行した。

独身とはいえ、身の回りの品が少ない。ハンガーにかかっていた服もブランド品の類ではなく質素なものばかりだ。そして、デスクの中から、国内外の子供たちを支援する活動に寄付をした記録が出てきた。

トータルすると、相当な金額である。土谷さんは幼い頃に両親が離婚して、頼れる身内もなく、独力で人生を切り開いてきたと友人に明かしていた。だからこそ、恵まれない境遇の子供たちを、彼は陰で支えてきたのだろう。

なんとか生き続けたい、と土谷さんが願った理由が、少しだけ分かった気がする。

偽りの希望に奪われた時間

「これはひどい」

土谷さんの血液データを目で追いながら、がん治療専門医の勝俣範之教授(日本医科大学)はつぶやいた。

岩澤倫彦『がん「エセ医療」の罠』(文春新書)

「この状態で治療するなんて、犯罪レベルです。黄疸で、肝機能の数値も4桁に近いので肝不全になっています。おそらく立っていることも辛かったでしょう」

自由診療の免疫細胞療法を行う医師たちは、「標準治療がなくて、絶望した患者に生きる希望を与えている」と主張する。これを勝俣教授は一蹴した。

「それは偽りの希望です。がん免疫細胞療法は大学病院などで数多くの臨床試験を行い、有効性が証明できませんでした。つまり“効かない”ことがハッキリしているのです。温熱療法や高濃度ビタミンC点滴も同様で、あの状態で必要な治療ではなかった。

土谷さんが、適切な緩和ケアを受けていれば、お仕事や社会貢献活動の整理をしたり、大切な友人たちと別れの挨拶もできたでしょう。路上に倒れてしまう悲劇も避けられた。偽りの希望で彼から多額の治療費をとり、貴重な時間を奪ったことは許し難い」

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