治療を受けるか、最期の場所を選ぶか

▼告知から36日目(6月18日)

土谷さんの心は揺れていた。治療を受けたいという気持ちと、最期の時を過ごす場所を選ぶべきか、交錯していたのだ。まず、緩和ケアの高い評判を聞いていた聖路加国際病院(東京・中央区)を訪ねることにした。

私立病院の個室
写真=iStock.com/JazzIRT
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聖路加の緩和ケア病棟は、すべて個室で23室ある。付き添い人の宿泊からパーティの開催、ペットの訪問まで、欧米のホスピスに近い自由な環境で最期の時間を過ごせるのが聖路加の特徴だったが、コロナ禍になって、付き添いや面会に制限がかけられていた。

土谷さんは、3日前に会った知人の医師の情報を確認した。

「都立駒込病院の治験に私も参加できるでしょうか?」

緩和ケア科の医師は首を横に振った。

「治療の可能性を探りたいお気持ちは分かります。残念ながら、肝臓の機能がかなり落ちていますし、全身状態から積極的に治す治療の段階ではありません。緩和ケア病棟の入院を考えてみませんか」

しかし、このとき、緩和ケア病棟はあいにく満床だったので、空きが出たらすぐに入院できるように予約を入れるしかなかった。そして、当面は自宅近くの訪問診療クリニックのサポートを受けながら、待つことになった。

手続きをすると、早速この日に訪問診療を担当する医師と看護師が、打ち合わせのために自宅を訪ねた。

聖路加の緩和ケア病棟の空きを待ちながら、ある自由診療を受ける計画があることを土谷さんから聞き、医師は戸惑った。ほとんど動けないし、いつ何が起きても不思議ではないほど状態は悪い。終末期が近いことは、一目見て明らかだった。

東大出身の医師は「治療はまだ可能」

▼告知から37日目(6月19日)

治療を諦めきれなかった土谷さんは、ネットで自由診療クリニックを見つけて、この日に予約を入れていた。思うように動かない体を引きずって自宅からタクシーに乗り、約10分でクリニックに到着すると、診察室で待っていたのは、土谷さんと同じ東京大学出身の医師だった。

これまで会ってきた医師たちの見解とは異なり、「積極的な治療はまだ可能」だという。それは「高度活性化NK細胞療法」という、免疫細胞療法の一種だった。

患者から約40ccの血液を採取し、それを最新の培養技術で増殖・活性化させ、2週間ほど無菌状態で約10億個のNK(ナチュラルキラー)細胞を増殖させたうえで、患者の体内へ戻すという。