医師から安静を求められる中、クリニックへ
▼告知から42日目(6月24日)
梅雨らしい湿度が高い朝だった。連絡を受けた訪問診療の医師が、土谷さんの自宅マンションを訪ねた。土谷さんは排尿できず、苦しんでいた。むくみも目立つ。
応急処置として尿道にチューブを挿入して「導尿」を試みたが、出てこない。薬を処方してから、訪問診療医が安静にしてくださいねと伝えると、「これから予約があるのでクリニックに向かいます」と土谷さんは言った。あまりに真剣な表情に圧倒されて、訪問診療の医師は彼を止められなかった。
土谷さんが選択した免疫細胞療法は、NK細胞を培養するのに、2~3週間が必要とされる。それを待つ間、自由診療クリニックの医師からは温熱療法や高濃度ビタミンC点滴の治療を勧められていた。その治療を予約していた日だったのである。
もう歩く力さえ残っていなかった
午後4時半過ぎ、友人が心配になって、土谷さんにメッセージを送った。
〈こんにちは。体調はいかがでしょうか〉
本来はすぐに緩和ケア病棟に入院しなければならないほど、病状は進行している。免疫細胞療法の治療が始まったが、いつ何が起きてもおかしくない。
約1時間後、土谷さんから2つの返信があった。
〈いろいろ待ち時間がありましたが温熱療法とても良い感じでした!〉
〈これからゆっくりお休みします〉
午後6時過ぎ、雲で覆われた東京の空は暗かった。コロナ禍の影響で街に人影はない。
クリニックの自動ドアが開くと、土谷さんは銀杏並木の下に停まっていたタクシーに向かって歩き始めた。そして、すぐに崩れるように倒れた。彼の身体には、もう歩く力さえ残っていなかったのだ。その顔は異常に黄色い。
タクシー運転手が異変に気づいて、すぐに119番に通報する。京橋消防署から出動した救急車がサイレンを鳴らしながら、国立がん研究センター中央病院に搬送した。知らせを受けて中央病院に集まった友人たちに、医師が告げた。
「残念ながら、回復する余地は1ミリもありません」