なぜ政治家は「役職」を渇望するのか

陣笠代議士は、役職をほしがり、役職のついた代議士は派閥実力者をめざし、派閥の実力者は、主流派になりたがり、やがて政権亡者となる……というのも、政権をにぎらず、主流派でなく、役職を持たない政治家には、カネが集まらないからである。

役職にもよりけりである。同じ大臣でも、行管長官や科学技術庁官では、カネにならない。大蔵大臣や通産大臣といった利権のある官庁の大臣とくらべては、まったくネウチが違うのである。そこで、自民党の実力者になるためには、有力な経済官庁の大臣にならなければならない。

今日の実力者で、経済官庁の大臣を経なかった人物は、ほとんどない。党の役職でも、党三役、つまり幹事長、政調会長、総務会長の椅子は、経済閣僚の椅子と同等のネウチがある。だから、今日の自民党の全部の派閥の実力者は、皆これらの椅子をかつて占めた人物ばかりとなっているわけだ。

 佐藤栄作=大蔵大臣、幹事長、政調会長

 岸 信介=幹事長、商工大臣

 福田赳夫=幹事長、大蔵大臣

 三木武夫=幹事長、通産大臣

 川島正次郎=幹事長

 船田中 =政調会長

 石井光次郎=幹事長、商工大臣

 藤山愛一郎=経企庁長官、総務会長

大物になれば、1年で1億円は軽く集まる

旧河野派が、一人の指導者、つまり親分をきめられないでいるのは、党三役と経済閣僚の双方を経験した人物がいないからであろう。

私が直接聞いたところであるが、ある若手の代議士が、某経済官庁の政務次官になってから、年間2000万円の献金が、得られるようになった、という。これが大物になれば、1任期(1年)で1億円は軽く集まるというのが相場のようだ(もちろん利権のない伴食大臣の場合はそうはいかないが)。

そこで、政界に入った者が、誰でも辿ろうとするコースが、陣笠→政務次官(当選2回)→常任委員長(当選5回)→大臣(当選6回)→党三役(当選7、8回以上)であり、このうち、政務次官や大臣は、当然大蔵、通産、農林、運輸、建設などの利権官庁、常任委員長も、大蔵、商工、農林水産、運輸、建設などの利権の結びつく常任委員会である。

こうしたコースを辿るためには、前記カッコ内のような当選回数を重ねなければならないのだが、吉田内閣時代の特例で、佐藤栄作が議席もないのに官房長官に抜擢されたり、池田勇人が当選一回で大蔵大臣になったりしたことがあるが、その故に、池田は当選5回で、佐藤は7回で首相の地位につけたのである。藤山愛一郎が、議席のないまま外相になり、やがて実力者になったのは、その資金を使ったからで、彼は今日まで10億円以上の私財を子分たちのために費消したといわれている。

藤山愛一郎(1897年~1985年)。外務大臣、経済企画庁長官、自民党総務会長などを歴任した(画像=時事画報社「フォト(1961年12月15日号)」/PD-Japan-organization/Wikimedia Commons