私のような人間を生み出さないために

「勉強も嫌いだった自分を拾って一人前に育ててくれた自衛隊には、いまも恩義を感じています。だからいまから言うことは、過ぎた望みかもしれません。もし自衛隊にいるときに身体を壊したのであれば、どのような形であれ居場所があったと思うのです。再就職先にしろ、体調を加味したところを紹介してくれたでしょう。

自衛隊は身体を使うので、慢性的な怪我を抱えている隊員もいます。命令を受けて身体を使うことしか知らない彼らが、私のように外の社会に出て身体を壊したとき、受け取れるものはあまりにも少ないのです。

いま振り返ってみても、自分がどこでどうすればよかったのか、わかりません。私のような人間を生み出さないためにはどうすればいいのか、自衛隊も『定年後は頑張れよ』ではなく、頭のいい人たちにもっと深く考えてもらえたらなと思います」

平時では民間人より自衛官のほうが楽

ここで筆者にとって意外な指摘をしてくれたのが、防大を卒業し、陸上自衛隊を1佐で退官した元心理幹部の下園壮太氏だ。

下園氏自身、心理カウンセラーとして多くの著作を出版するなど、豊かな「第二の人生」を歩んでいるが、現役自衛官時代には、同氏は陸上自衛隊の心理のエキスパートとして、自衛官の心に触れ続けた経験を持つ。

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一般的に、「自衛隊は訓練も上下関係も厳しく、ストレスがかかる組織だ」と認識している人は多いのではないだろうか。しかし下園氏いわく、「有事になると話は変わるが、平時においては民間人よりも自衛官のほうが負荷が低い」という。

退職自衛官を追い込むストレス

国防というやりがいとモチベーション、決められたスケジュール、それなりに恵まれた給与、用意された衣食住、志を同じくする仲間……。

もちろん、自衛隊という環境をストレスに感じて退官していく者たちが後を絶たないことも事実だが、こと定年まで自衛隊に所属していた人間にとっては、「自衛隊ほど居心地のいい場所はない」と感じている人間が多いこともまた事実なのだ。

そもそも一般的に、「退職」や「転職」といった事柄は、心理的に少なくない負荷を伴う。アメリカの心理学者ホームズとレイの調査では、ライフイベントにおけるストレスの大きさとして、10位に「退職」、15位に「新しい仕事への再適応」、16位に「経済状況の変化」、18位に「転職」が挙げられている。これらはいずれも「1万ドル以上の借金」や「親戚とのトラブル」よりも高い結果だ。

ましてや自衛官の再就職は、30数年間にわたり国家防衛の任にあたった人間が、50代を過ぎて利益を追求する営利企業に勤めることを余儀なくされるケースが多いわけで、営業職がほかの会社の営業職に就くといった転職よりもストレス度が高いことは想像に難くない。