「顧客志向」とは、顧客の欲望を満たすものではない

顧客志向という言葉があります。一般に、この言葉は、顧客の要求や欲求に実直かつ誠実に対応することを意味しますが、しかし本当に、顧客の要求をそのままアファーマティブに受け入れ、対応することが顧客志向と言えるのでしょうか。

確かに、顧客の要求が水準の高いもの、的確なものであるのであれば、その顧客の要求に応えることは顧客志向の実践と言えるかもしれません。しかし、もしその顧客の要求が水準の低いもの、あるいは的外れなものであるとすれば、その顧客の要求をアファーマティブに受け入れて対応することで、顧客の人生のクオリティやパフォーマンスはむしろ低下してしまうでしょう。

そのようなケースでは、むしろ顧客の要求をクリティカルに否定し、顧客の要求の水準をアップデートするような教育や啓蒙を行うことが本当の意味での顧客志向ということになります。

「甘やかされた子供」の要求に応え続けてはいけない

志向という言葉はもともと「対象に向かって心を働かせること」を意味します。ですから、もし「顧客志向」という言葉の本来の意味に立ち返るのであれば、その欲求や要求に対応することで、長期的には顧客の状態がより悪化するリスクのあるような要求に、誠かつ実直に対応することは、むしろ顧客志向の放棄を意味します。

山口周『クリティカル・ビジネス・パラダイム 社会運動とビジネスの交わるところ』(プレジデント社)

見識も常識も持たない「甘やかされた子供」の欲求や要求になにくれとなく応え続ければ、それは当人にとって、さらには社会にとって悲劇と言っていい結果を招くことになるでしょう。

このような点からも、顧客の欲求・要求を肯定的に受け入れて、これを満たしていこうと考えるアファーマティブ・ビジネス・パラダイムの考え方は持続可能ではありません。

このような時代にあって、顧客はその要望、欲求を伺って充足させるべき相手ではなく、むしろ消費を含めたライフスタイル全般に関わる思考・行動様式を改めるために批判・啓蒙の対象になるというのがクリティカル・ビジネス・パラダイムの考え方と言えます。

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