黒田氏は「世論」で日銀総裁に任命された

【後藤】金融政策や物価政策は、世論に結構左右されるものなんですか。

【門間】そりゃあ左右されますよ。どんな政策だって、世論を無視してできるものではありません。逆に言えば、正しい世論形成が大事になります。

【窪園】世論に左右された典型例は、2013年に黒田氏が総裁に任命されたことです。当時、物価が低いことは「デフレ」という悪い状況だとみなされ、そして、この「デフレ」は「貨幣現象であり、金融政策だけで脱却できる」という「リフレ思想(※)」が台頭しました。この「リフレ思想」に共鳴したのが安倍晋三首相(当時)でした。「デフレは良くない」との風潮が広がる中、安倍首相は日銀総裁に、同じく「リフレ思想」を持っていた黒田氏を任命した、という流れです。

※デフレ状態から脱却したものの、インフレと呼ぶほどでもない状態を「リフレ」という。デフレでもインフレでもない中途半端な状態を促す思想。

【後藤】金利と物価の関係性を見るために、2001年以降のCPI(※)のチャートを見ていきましょう。図表2の色付きの部分は黒田さんが日銀総裁になってからの物価です。ただ、これを見ると黒田さん前の物価は、ほぼ0%ですね。2008年の前後は原油高や原油安で乱高下していますが、これを見ると、元から物価は安定していた気もするんです。

※消費者物価指数(Consumer Price Index)の略称。全国の世帯が購入する物やサービスの小売価格を調査・算出した指標。

0%って究極の安定じゃないですか? デフレは良くないのかもしれないですけど、そんなに値上げも値下げもしないのであれば、一番理想的にも見えます。それでも、やはり2%がいいんですか。

経済のあらゆる問題が「デフレ」のせいにされていた

【門間】繰り返しになってしまいますが、「海外では2%ぐらいでうまくいっている」という認識が世の中に広まっていたことがやはり大きかったです。その認識自体がどうだったのかは問う価値のある論点ですけどね。

後藤達也『教養としての日本経済 新時代のお金のルール』(徳間書店)

そして何と言っても、2012年以前、日本の景気が悪かったことは確かなんです。特に2008年のリーマンショックからの数年間は景気が悪かった上に、大幅な円高もありました。物価も下がっていたからデフレだという話になったんですね。

日本経済のさまざまな問題が全部ひっくるめて「デフレ」という言葉で語られ、「日銀は2%ぐらいまでインフレを上げないとダメだ」という議論に単純化されてしまった面があったと思っています。

2008年夏まではインフレ率は少し上がっていますが、これはリーマンショックの前に原油価格などの輸入コストが大幅に上がったからです。それを除けばインフレ率はだいたいゼロかマイナスだったので、「日本の長期停滞をもたらしているのはデフレである、だから2%物価目標を」という議論が説得的に聞こえやすい状況だったんです。

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