旧態依然とした野球界発のイノベーション

日本社会では「前例のないことはできない」「イノベーションが起きない」などと言われて久しいが、大谷はアメリカでも前例がなかったことを見事にやってのけており、その存在自体が最高にイノベーティブだ。

年々閉塞感が高まっているように感じられる社会で生きている僕ら日本人にとって、アメリカで伸び伸びとプレーする大谷の姿はこれ以上なく眩しく映る。大谷こそは日本発のイノベーションだ。

多くの人が「イノベーション」という言葉から連想するITやライフサイエンスといった分野ではなく、指導者による体罰がいまだ問題になるような野球界から大谷翔平という最高のイノベーションが生まれたという事実は面白い。

日本人、あるいは日本人に限らず人間は「自由」のもとではなく「抑圧」の中でこそ、壁をぶち破り新しいものを生み出そうというパワーを発揮するのかもしれない。

イチローと大谷翔平の「違い」

そして、日本における大谷フィーバーを考えるうえで、大谷はあくまで「ひとりの選手」として成功している事実も重要だ。

たとえば、野球の日本代表は過去の国際大会でも好成績を残してきたし、近年はサッカーやラグビーの日本代表も躍進している。しかし、それらはあくまでも「チーム」としての成功であり、必ずしも「突出した個人」がいたわけではなかった。

第1回そして第2回WBCで日本代表を連覇に導いたイチローは、MLBの殿堂入りが確実視されている偉大な選手だが、それでも大谷ほど突出した存在ではなかった。大谷と比べるのはもはやアンフェアだが、イチローはあくまでも「MLB最高の選手のひとり」であり、また「MLBにおける日本人野手のパイオニア」でもあったが、それ以上ではなかった。

シアトル・マリナーズ時代のイチロー選手(写真=OlympianX, Andrew Klein/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons

今や多くの日本人選手が欧州でプレーするサッカーでも、たとえばメッシやクリスティアーノ・ロナウドらとバロンドール(世界年間最優秀選手)を争うような日本人選手は出ていない。

そんななかで大谷は、圧倒的に突出した選手として現れた。「MLB最高の選手のひとり」どころではなく、野球史に残る絶対的なスーパースターである。