「やりがいの搾取」を避けようとする防衛意識

あなたも私も、強いられた労働は避けたい。無理やり好きでもない仕事をさせられたくはない。逆に、できるだけ自分のしたい仕事に就きたいし、続けたい。可能性を求めて模索し、転職する。

この原稿を書いている私自身、6回の転職を重ねているのは、そうした試行錯誤の賜物に他ならない。

とはいえ、望み通りの仕事や職種を、転職すれば得られるのか、と言えば、そうではない。私は7つ目の仕事をしているし、テレビCMに転職サイトが多く見られるように、理想郷にたどりつける人は、ほぼいない。

就職難の時期に勝ち得た正規雇用にせよ、人手不足の最中でもらったポストにせよ、どちらに就いたとしても、やりがいを出しに働かされるかもしれない。少し前の流行語=「やりがいの搾取」のように、望んだ仕事であるがゆえに、低賃金・長時間労働を余儀なくされるケースも少なくない。

昨今の早期離職、とりわけ退職代行の流行は、こうした、やりがいの搾取を何としても避けようとする、防衛意識が働いているのではないか。転職活動へのコストをかけてでもなお、自分が望まない仕事をするのは絶対に嫌だ、そんな危機管理の末に、離職率が高まっているのではないか。

いなば食品(の労働環境)への関心が長く続く要因は、ここにある。明日はわが身、と、若年層、とりわけ新卒者が切迫感を抱くからこそ、炎上も密告も終わりを見せないのではないか。

「損をしたくない」現代のコスト感覚

いなば食品は、オーナー社長と、その配偶者の暴走が招いた、「地方企業の病理」なのかもしれない。緊張感を欠いた、お山の大将が増長した悲劇として、関係者には同情を禁じ得ないとはいえ、その程度の事例として、やり過ごすべきなのかもしれない。

写真=時事通信フォト
清水庵原球場の名称が「ちゅ~るスタジアム清水」に決まったことを発表する、命名権を取得したいなば食品の稲葉敦央社長(中央)ら=2024年1月18日、静岡市

ただし、昨今の、というよりも、この30年ほどに及ぶ新卒者のトレンドを見るにつけ、単なる、いっときの不祥事には見えない。日本で働く人、とりわけ、社会人として働き始める多くの人たちに通底する課題が浮き彫りになっている、と解釈すべきではないか。

その課題とは、労働の意義であり、働き甲斐、という、古くて新しいテーマである。何のために働くのか。どうしたらモチベーションを高められるのか。古今東西にわたって、多くの人たちが頭を悩ませ続ける課題を、いなば食品をめぐる炎上は、つきつけている。

そこに現代の特徴が加わる。損をしたくない、バカを見るのを嫌う、そういったコスト感覚である。

せっかく就職する、それも、市場価値の高い新卒で職に就く以上、できる限り高い値段で、自分を売りたい。と同時に、一社に限られない汎用性の高い=市場価値を持つスキルを高めたい。そればかりか、プライベートも充実させたい。残業はそこそこにとどめ、会社の外での交流を活発にさせながら、いつ会社が傾いても生きていけるように能力を上げたい。

虫が良いとも利己主義とも言えるものの、競争を強いられてきた(と思い込んでいる)若年層、いや、50代以下の働く人たちにとって、これ以外の労働観を持つのは、難しいのではないか。